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 「ああ、お前はよくやってくれたよ」


先代の代になってから、長年使われてこなかった地下牢。
その昔は、この場所は尋問、拷問に使われ、阿鼻叫喚に塗れ、血に染まっていた。
先代は、王位についた瞬間にこの地下を封印し、どんな罪人であっても決して死に追いやらなかったそうだ。
そのためにこの地下牢はじめじめと苔むし、空気が淀んで、古い恨みつらみなどで充満してしまっている。

エースは、幼い頃からこの場所が好きだった。
厳重に錠のかけられた鉄扉の前で、封じられたこの中身がどんな世界なのか知りたいと、よく顔を擦りつけていたものだ。
その内、穏健派だと慕われていた先代がみまかり、自分の王権を手に入れたとき、エースが最初にしたことといえば、真っ先にこの地下牢を開放することだった。
先代に仕えていた家臣たちが何人か反対していたが、苦言を述べてくる輩は有無も言わせずこの地下牢で処刑した。
廃止されていた死刑制度を復活させ、自分の感情で生死を決めた者は、この地下牢で様々な苦痛を与えた上で殺しも殺し、政治的に罪を犯した者に関しては、城の裏手に絞首台を造らせ、パフォーマンスとして、民衆の前で首を括らせた。
これは、エースにとってまたとない実権維持法となった。
恐怖は、周囲を委縮させる。
委縮させれば、自分に逆らおうとする者はいなくなる。
そして何より、自分は血を見ることが好きだ。
人が、恐れ戦いている顔を見ることが好きだ。
人が苦痛に喘いでいる声を聞くことが好きだ。
命が消える瞬間の、絶望に塗れた人の表情を見ることが堪らなく好きだ。

斬首、四肢切断、水責め、焼き鏝、思い付く手段は何でも試した。
この地下牢は今や、エースの楽園だった。
ここに、自分のすべてが仕舞いこまれていた。
大切な、宝箱だった。


最早人間としての生き方を忘れてしまったような囚人が数人、檻の中で呻き声をあげている中、自分の背後でおどおどとしている一人のメイドに、エースは言った。
厚い石壁に反響した声がひそやかに響き渡り、メイドはその一言を聞いて、やや安堵の色を強張った顔に浮かべる。

「まぁ…確かに少しの邪魔は入ったが」
「………、」
「それでも俺の目的は、あの蛇姫様の御機嫌を損ねることだ。そういう意味じゃ、お前のやったことは成功ということになる。感謝している」

メイドの顔色は真っ白で、疲れたようなその顔には、目の下や頬の際などに、黒い影が滲んでいる。
こんな薄暗い空間の中では、その顔はまるで、深淵に浮かぶ不気味な亡者の顔に見えなくもない。
エースの言葉にいちいち一喜一憂するその様は何とも言えず滑稽で、エースはさっきから思わず噴き出してしまうのを抑えることに精一杯で、肩を小刻みに震わせながら、壁にたてかけてあった一本の刀剣を、メイドには分からないように手に取った。

「……あの…あのっ、それでは…!」
「ん?」
「父の、治療代を、貸していただけるんです、よね…?お給金を上げていただけない…代わりに…、ああすれば、治療費を前借させていただけるって…」

ああ、と言って、エースはゆっくりと振り返った。
その手には、鋭く光る、すらりとしたものが握られている。


「でもお前、しくじっただろ?」


あ、と間の抜けたようなメイドの顔に、ぱっと赤い花が散りばめられた。
エースが勢いよく振り下ろした刀剣はメイドの体を斜めに裂いて、瞬く間にその命を摘み取る。

どさりと倒れ臥したメイドの向こう側で、おそるおそるとこちらを覗いていた二人のメイドが、びくりと身を震わせていた。
エースはその二人に「これ、片付けとけ」と言いつけると、何事もなかったかのように刀剣を床に落とし、真っ青になっている二人のメイドの間を通り抜けて、上に戻っていった。

長い階段を上り、明るい空の下の世界に帰ってくると、煌びやかな調度品で溢れた廊下にある鏡に、自分の姿が映っているのが目に入る。
そこでふと、自分の頬に血飛沫が飛んでいるのを見て、エースは通った鼻筋に皺を寄せながら、それを指先で拭った。
「きったねぇな、」と言う台詞を、苦々しく吐き出しながら。




























溢れんばかりの色彩で敷き詰められているこの部屋が、忌まわしくて仕方がない。
豪勢なものというのは、中身が空っぽなことを隠すためにあるのだと、ローは思っている。

形ばかりの婚礼式を終え、与えられた自室へと戻ってきたルフィは、ベッドに腰掛けてひたすらに、ぼんやりとしていた。
ワインで汚れたドレスはすぐさま着替えさせられ、それなりに見栄えするような白いものを新しく用意されたものの、あの直後に行われた式典では、どこまでも不機嫌そうに仏頂面を呈したままの王が、ルフィの頭上にぞんざいにティアラを乗せた後、さっさと奥へ引っ込んでしまった。
ドレスの染みは何とか落とせるだろうし、この代々婚礼式で使われてきた王冠が破壊されていないだけ随分よかった、とマルコに慰められたのはよかったが、ルフィの中に僅かばかり存在している乙女の部分が盛大に傷付けられたことは、この先払拭されることはきっとないだろう。
何せ、事の発端は少女自身の行いだったとはいえ、大勢の前で恥をかかされたばかりか、伴侶となるべき相手が自分に見向きもせず、不遜な態度で姿を消してしまったのだから。
あれは、王女として普遍的に育てられてきた女には、到底耐えうることのできない仕打ちだ。
まだこの、ある意味変わっているルフィだったから、この程度の落ち込みで済んでいるだけ、という話である。

窓に顔を向けたまま、身動ぎ一つせず外を見つめているルフィの背中を見つめながら、ローは壁にかけられている大きな絵画に背を預け、今日の婚礼式でのことをシャンクスに伝えるべきかどうか、考えあぐねていた。
身も蓋もないことを言うならば、ああいう事態は想像していた範疇のものでもある。
それに、十中八九、サニー国の面々は怒りに震えることだろう、この事実を知ったら。
恐らく、書簡を出すのはまだ時期尚早だ。
もう少し、様子を見た方がいいかもしれない。

ローは、組んでいた腕を解いてルフィの元へと歩み寄ると、その細い顎を掴んで、自分の方へと顔を向けさせた。
化粧直しによってそこまで目立ってはいないが、加減なく叩かれた頬が、赤黒く染まってしまっている。
ルフィは、突然振り向かされたことに驚いたのか、きょとん、とした目でローを見ていた。
これまで一度も汚いものなど見たことがないとでもいうような、そんな綺麗な光を宿している、大きな瞳。

そんな清らかな眼の下にある、その、痣が、

思わず奥歯を噛み締め、指先に力が入ってしまうのを何とか堪えた。


(…あの野郎、隙を見て殺してやろうか)


自分を見下ろしているローが、無表情の下でそんなことを考えているなどとは露とも知らず、少女はただただ無垢そうに、小首をことりと傾げるだけだった。


「………ロー?」

どした?と問うてくる、端が僅かに切れた、小振りな唇。
喉の奥で怒りを噛み殺したローは、誤魔化すように一度目を瞑ると、痛々しく腫れたその頬に手を添えて、溜め息混じりに言葉を紡いだ。

「…化粧を落とせ。これは冷やさねぇと腫れが長引く」

だが、ルフィは何か神妙な顔をすると、ローの手の甲にそっと自分の掌を乗せ、「ダメだ」と首を横に振った。

「ここに帰ってくる前、マルコに言われたんだ。多分、すぐに主様に呼ばれるだろうからって。寝巻に着替えてもいいけど、化粧は落とさないようにって」
「……ああ、」

初夜か。
あの男、大衆の面前で妻となる女をぶっ叩いといて、夜伽はしっかり済まそうとするとか、どれだけなんだ。
ローは、腸が煮えくり返る思いだったがそれをぐっと飲み込み、常備している鞄からガーゼとエタノールを出す。

「それなら、そこだけ白粉を落として、塗り直せば済むことだろう。主君に呼ばれてんなら尚のこと冷やしとけ。見苦しいっつってまたひっぱたかれるかもしれねぇしな」
「自分で叩いたのにか?さすがにそれはねぇだろー」
「そういうさすがな奴なんだよ、お前の旦那になった野郎は。いいからほら、じっとしてろ」

消毒液でガーゼを濡らし、腫れている部分をそっと拭った。
滑らかな肌に、色を滲ませたような痣が今度ははっきりと目の前に現れ、ローは若干目を窄ませながら、予め用意しておいた氷嚢をそこに当てる。
冷たさが意表をついたのか、ルフィが一瞬だけ、ひくりと肩を跳ねさせた。
それを宥めるかのようにローが小さな丸い頭に手を置くと、いくらか安心したらしい少女が、自分の胸に額を寄せる。

「……痛かっただろう」

するとルフィが僅かに上を向いて、へら、と笑った。
ローの胸がそのときぎゅっと痛んで、何故か居た堪れなくなる。

どうして、この少女がこんな境遇に立たされなければならないのだろう。
自分とは身分の違うものの宿命だとはいえ、それを決めてきたのは、他でもない、同じ人間なのである。
だからローには理解もできないし、到底納得もできない。
だが、だからといってどうにかできることでもなく、こういうときは、自分の無力さにほとほと嫌気がさしてしまうのだ。
これから、このあどけない少女の身に起こることを考えると、それは尚更である。

「…ロー、あのさ…」
「どうした」
「……どっちのが痛ぇのかな」
「あ?」

思わず少し大きな声をあげてしまうと、如何にも純粋そうな目をしたルフィが、胸の中から覗いていた。
浮き出た鎖骨と、ささやかな胸の谷間がその際に見えて、知らずローは目を逸らす。
その質問の意図が分からないほどローは鈍くはなかったし、突然のことで意外に感じたが、よく思い返したらこんな生娘同然のルフィも、以前嗜み教育からそういった知識を学んでいるのだ。
頭で分かっていることと、実際に体感してみることとではまったく違う。
不安に思うのは当然のことだろう。

「…あのさ、ぶたれるのと、お伽と、どっちが痛ぇのかな?」
「………」
「……ローにも分かんねぇ?」
「いや…なんつーか、まぁ…」

要はあれだ、慣れだ、とローが何とか答えれば、ルフィも「そうか、慣れか」と言って、顔を下ろす。
ローは少女のちょこんとした旋毛を見ながら、内心で色々と葛藤していた。
あれだけの暴君だ。ルフィが処女だからといって、手加減などしよう筈がない。
ますますルフィのことが不憫に思えてしまったローは、少女の頭に置いた手に力を込めた。
できるなら、と、

できるなら、できるなら、

そう思って止まなかったけれども、どうしてもその先へは進めなかった。


























少女がやってきたのは、夕餉を済ませたすぐ後だった。
日中自分が張った頬は、今では赤みが引いている。
おかげで少しだけ、気分が高揚した。
あまり容姿に恵まれた女ではなかったので、その上顔が腫れ上がっていたのでは、目も当てられないだろうと思っていたのだ。
とはいえ叩いたのは自分なのだが、怒らせたのはこいつである。
自分に何の断りもなく勝手に動き、場を混乱に陥れたのだから。
そのせいでせっかくの布石が一つ潰れてしまったが、その怒りは先程件のメイドを一人始末したことで、幾分か薄れてきている。

メイドに誘われるようにして入ってきた少女は、淡い色のネグリジェを纏いながら、きょろきょろと周囲を見渡していた。
メイドは一礼してすぐに部屋を出て行き、広い王室には、自分と少女の、二人だけとなる。
エースは、上着を脱いだ大分ラフな格好になっていて、食後のワインを楽しんでいたところだった。
少女は扉の前に立ち尽くしたままで、まだ室内を興味深そうに観察している。
普通、出会い頭に自分の顔を叩いた人間のことを多少は意識するものだと思うのだが、噂では相当な世間ずれだと聞いているので、こんなものか、と思った。
グラスに残っている僅かなワインを飲み干し、椅子から立ち上がったエースは、ぼうっと佇んでいる少女の目の前に立ちふさがった。
おい、と声をかけると、やっと少女はこちらに目を向ける。
眼球のでかさの割に、瞳の小さな三白眼。
棒きれのような手足。薄い体躯。
美人とも可憐とも言えないその様に、エースはあからさまに辟易とした。

「俺は餓鬼はいらねぇ。俺にとっての伽ってやつは、あくまでも性欲処理が目的で、世継ぎとかそういうのはどうでもいい。そしてお前に拒否権はない。それだけ覚えとけ」
「………」
「……ンだその呆けた面は。文句でもあんのか」

ぼけっとした顔で自分を凝視してくる少女にイラつき、険のある声でエースが問うと、当の本人はまったく意に介さずにへらっと笑い、「俺やっぱここ来たことあるなぁ」と、やけに場違いなことをのたまう。

「……はぁ?」
「えっとな、俺、この部屋見覚えあんなーって思ってさ。で、お前の顔見て、あーって思い出したんだ
!この間、隠し扉の中であった奴だなーって。な、そうだろ?」
「…“お前”だぁ…?」


がん!

少女の背後にある扉に蹴りを入れ、エースは苦虫を潰したような表情で己の妻を睨みつけた。
この城の中で、いやそれでなくとも、今や誰も自分のことを「お前」だなどと呼ぶ奴など一人もいない。
それを、こんな、みすぼらしい名ばかりの小国出の女が、偉そうに「お前」だと?
何様のつもりだと、せっかく収まっていた筈のエースの怒りが、一気に増幅する。

「てめぇ…あんまり調子付いてんじゃねぇぞ?勘違いしてんなら教えてやるが、俺はお前を、アイシタから嫁にしたんじゃねぇんだよ。お前はただの、俺の手駒に過ぎねぇんだ。それでなかったらお前なんか、誰が嫁にするか。ふざけてんじゃねぇぞこのどブス」
「………」
「まぁ、こんなブスでも一応は女だからな。処理くれぇにはなるだろ?俺に抱かれることをむしろありがたく思うんだな。体だけでも女として扱ってやるって言ってんだ。何なら開発してやってもいい。分かったらボケなその口閉じとけよ?俺が用があるのはお前の下の方の口だけなんだからな」

言うが早いか、エースは扉に少女の矮躯を力任せに押し付け、シルク作りの胸元の布を一気に破った。
何の抵抗もなくその仕打ちを受け入れた少女、ルフィは、ただただ呆気に取られながら、露わにされた自分の乳房を見下ろす。

腕を取られ、ソファに放り投げられたルフィは、すぐさま自分の上に圧し掛かってきた男の大きな体に目を丸くした。
エースはルフィの上半身を見て「小せぇ、」と毒吐き、何の躊躇もなく、片手で小振りな乳房を鷲掴みにする。
痛みに顔をしかめたルフィだったが、特に暴れはしなかった。
大人しく暴挙を受け入れる少女のその様子を見て、エースも無理に暴くことを止める。

突如止められた行為に、ルフィが不思議そうに目を開けると、真上には鋭い目で自分を見下ろす、主の目があった。
いつでも不機嫌そうな顔しか見ていなかったから、こういう無表情を見ると、やはりまだ若い青年なのだということが分かる。
その荒々しい言動とは裏腹の印象を与えるエースの雀斑を眺めながら、ルフィは口を開いた。

「……何でやめるんだ?」

少しだけ声を潜めてそう尋ねると、男は何の感情も顔に表さないまま、硬い声音でこう言った。


「お前は国を許せるか?」


エースの様子はこれまでの所業が嘘のように真摯で、どことなく切実な何かをそこに感じた。
しかしルフィにはその質問の意味するところが分からず、どう答えていいものか困り果てて、それでもどうにか言葉を探そうとする。
ローに対しても、シャンクスに対しても、父親に対してもそうなのだが、ルフィには難しいことは何も分からないのだ。
特に、無理矢理に理解するべきことでもないと、正直思っている。
この男が今自分に対して求めていることも、そういうことなのではないのかと、何となくだが感じた。
自分は分からなくても構わないことだけれど、相手はそれを知りたいと思っている。
誰かに何かを問われる度、そんな気持ちが何となく伝わってくるから、ルフィはそんなときはただ、それに応えたいとだけしか思えない。
それで相手が納得するかしないかは分からないが、何も応えないよりは、その方がいいということだけは知っている。
だから、


「…俺よく分かんねぇけど、でも、お前が何かを許したいなら、それを手伝ってやりてぇとは思う」


それを聞いた途端、エースは目を見開き、
すくっと立ち上がって、早々に部屋から出て行ってしまった。

後に残されたルフィは、何が何だか訳が分からず、ただぽかん、と、ソファに座り込むことしかできないでいる。

そして結局その夜は、そのまま主君は帰っては来なかった。




























































やっとここまで…!
相変わらず、ローの立ち位置に迷ってしまう今日この頃…(笑)

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あきゅろす。
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