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 いってぇ〜…、
首元を押さえながらそう呟いたルフィは、すっかり日の昇った真っ青な空を見上げ、鬱陶しいドレスの裾をたくし上げてから、広いバルコニーの隅に腰を下ろした。
婚姻の儀の支度の最中、付き人のように自分の側にいたローが部屋を後にしてしまってから、世話係のメイドにわざと櫛で首を刺されたのだ。
髪で隠れる絶妙な位置を狙って刺され、しかも小さな刺し傷なので、周囲はきっと気付かないだろう。
これは明らかな嫌がらせだと分かるのだけど、こうされるような理由がまったく分からなくて、ルフィは特に気にするでもなく、準備を終えて気が抜けたらしいメイドたちの隙をついて、こうしてこっそりとバルコニーに身を隠している。
室内からは、ルフィがいなくなっていることに気付いた使用人たちが、慌てて騒いでいる声が聞こえる。

彼女らを困らせたかった訳ではない。
ただ単に、外の空気が吸いたかっただけだ。

太陽の光に照らされている庭園は、以前見たときと変わらずに美しかった。
しかし如何せん鮮やかすぎて、豪勢極まりないので正直好きだとは言い難い。
つい数日前まで自分が過ごしていた、みんながいるあの城に帰りたかった。
そんなことなどもう二度と許されないことだとは分かっていても、焦がれてしまう気持ちはどうしても消えようがない。

(空は、繋がってるんだって昔父ちゃんが言ってた。この空を、だからみんなも見てるんだ。てことは、会いたくなったら空を見ればいいんだな。父ちゃんみんなも、今この空見てるといいな)

父親とは結局、モビーディックに嫁ぐことが決まってからも、一度も会えなかった。
一度手紙がルフィの元に届いたが、今父親は遠い異国の地で国交会議の真っ最中であり、これから駆けつけても、お前の花嫁姿を拝むにはどうにも間に合いそうにないという内容で、ひたすら申し訳ないと、お前を想っている気持ちはいつまでも変わらないという言葉が、幾度となくしたためられていた。
仕方がないと頭では分かっているとはいえ、寂しいものはやはり寂しい。
シャンクスが、せめて父親が間に合うように婚姻式を遅らせてくれるようにとモビーディックの王に頭を下げてくれたのだが、にべもなく却下されたらしい。
何をそんなに気を急いているのやら…、と、苦虫を潰したような顔でルフィを慰めてくれた、ゾロとサンジとウソップ。
サンジなどは、ルフィの結婚が決まってからというもの、始終泣き通しだった。
あの涙や鼻水塗れのみっともない顔を思い出すと、少しだけ可笑しくなる。
ルフィはへへ、と笑って、ちくりと痛む首を手で押さえながら、ローはまだ戻ってこないのかな、と思った。

ローが、一緒に来てくれてよかった。

ローがいなかったら、きっと、

ルフィがそう頭の中で呟いたとき、庭園から金切り声が響いた。
何だ何だ?とバルコニーから庭園を見下ろしたルフィは、長い脚で出入り口の調度品を蹴散らす、絶世の美女の姿を視界に捕える。








「誰じゃ!わらわの行く先にこのような壺などを置いたのは!」


怒声とともに、がっしゃん!という凄まじい轟音が、空気を震わせる。

「蛇姫!お主、何てことをするにょじゃ!」
「やかましいわ。何じゃこの馬鹿でかい壺は邪魔な…」
「も、申し訳ありませんボア・ハンコック様!しかしながらこちらの壺は当国の国宝でして…我が主が一番に御来賓のお目に入るようにと配慮なさったことですので…」
「何が配慮じゃ悪趣味な!このような我楽多、わらわの趣向には到底合わぬ!」

どがっしゃん!
またもや派手な音が響き渡り、慌てて駆け寄ってきた臣下の男は、気高き女王の振る舞いに、ひっと肩を竦めた。
扉が開け放たれている大広間には、既に大勢の客が集まっていた。
どの顔ぶれも名の知れた重鎮ばかりで、ニューゲート城の奉公人たちは、皆内心でひやひやとしながらあたふたと奔走している。
そんな中、特に酷い目に遭っている比較的若い少年のような家臣の様子を見て、用意されていた席に腰掛けワインを飲んでいるココヤシ諸島の姫君、ナミが、自分の隣で優雅に書籍を捲っている、オハナ王国のロビンに耳打ちした。

「…ロビン、見てあれ。ジャングル王国の女王様のお出ましよ。今日はまた、一段とご機嫌ななめみたいね。あーあ、あの可愛い召使の子、当たられちゃって可哀想に」
「ええ、そうね。モビーディックの主君様が彼女をお選びにならなかったから、相当気が立っているのじゃないかしら」

ロビンは、艶やかな黒髪を慎ましやかに耳へかけながら、緩慢な動作で組んでいた脚の向きを変えた。

「わっかんないわよねぇ。私なんて、妃候補から外されたと分かった途端、万歳しながら喜んじゃったけど。だって考えただけで身震いしちゃうじゃない。あんな暴君が自分の旦那になるだなんて」
「ナミ、もう少し声を落とした方がいいわ。誰が聞いているか、分かったものじゃないわよ。そんなこと、万が一でも若の耳に入ったら大変」
「ちょっとくらいならへーきよ。ここに集まってるのみんな、同じ穴の狢ってやつなんだから。どうせこの宴に乗じて、こぞって悪口言ってるに決まってるわ。あいつをよく思ってる奴なんて、ここにはただの一人もいないんだから」

眩いオレンジの髪をすっきりと一つに纏め、豪快にワインを飲み干したナミは、ソーサーを持っているメイドに「おかわりちょうだい」と、空のグラスをぞんざいに差し出す。
来賓客でごった返す中を所狭しと動いていたそのメイドは、かしこまりました、と恭しく頭を軽く下げてはみせたものの、厨房へと向かう際に、鋭い視線をナミに射った。
気が付いてないとでも思ってんのかしら、なめられたもんね、とナミは、憮然とした目でメイドの背中を見つめる。
この城に仕えているメイドたちは、殆どがああいう態度なのだ。
例え相手の地位が自分たちより上だとしても、同じ女だと言うだけで、あからさまな敵意をむき出しにしてくる。
おそらく、泥臭い自分たちと違って、箱入り娘にこの程度のささやかな攻撃など気付ける筈もない、とでも思っているのだろう。
ところがどっこい、一国の姫という立場の者にとって、水面下での熾烈な争いごとというものは、結構な割合で降りかかってくるもの。
下手すれば命にも関わってくるような、もっと凄まじい嫌がらせなど、ナミもロビンも幼い頃から何度も経験している。

「はぁああ…、だ〜から嫌なのよねぇ、この国に来るの。さっきのメイドすらあの様子じゃ、サニー国からきたっていうお妃様の先も思いやられるわよ。くっだらない嫌がらせとかやっかみほどめんどくさいものってないじゃない?大体城下町上がりのメイドくらいじゃ、そもそもレベルが違うってのよ。それなのに無駄な嫉妬しちゃってさ、ばっかじゃないの?」
「うふふ、若様のメイド遊び、巷でも有名だったものね。あの方は華もあるから、見初められたメイドさんにとっても余程嬉しいものがあったのじゃないかしら」
「まぁねぇ。それなのに、その若様がいざ妃に迎えた相手が名前も知らないような小国のお姫様じゃ、女心に納得もいかないってことか。でも、それってただの八つ当たりじゃない。私嫌いなのよねー、そういうスマートじゃないいざこざっていうの」
「ナミは、見た目に及ばずの男勝りだものね。実際私も意外だったわ。てっきり王妃に迎えられるのは、あのハンコック様だとばかり思っていたから」

読んでいた本を閉じ、門の前でまだかりかりと怒っている長身の美女を見て、ロビンは言う。
それはナミも同じことを考えていたし、今日の情勢から考えてもほぼ確実だろうと予想していたことがこの度大きく外れて、実は酷く驚いていることにも間違いはない。
ナミとロビンの統治する国はモビーディックと同盟こそ組んではいなかったが、関係性はそう悪くはなかった。
おそらく、アマゾン・リリーとの政略結婚がうまくいかなかったときの保険として、自分たちの名が挙がっていたのだろうということも重々承知している。
それなのに、最近までまったくノーマークだったサニー国の王女が突然選ばれたと知ったときは、事態を理解するのに少しの時間が要ったほどだ。
モビーディックの意図がそこからまったく見えてこず、僅かな気色悪ささえ覚えた。
一体何がどうしてそんな結果に至ったのか、こうして婚姻式に出席している現在でさえ、到底理解できることではない。

「…ものすごーく、可愛いとかなんじゃない?サニー国のお姫様が」
「そうねぇ…今まで交流がなかったところだから、一度もお会いできたことがないけれど…。政治的な意味合いでないのなら、それくらいしか思い当たる理由はないものね」
「美人系より、可愛い系が好きだったのかしら、あの若様。それも意外っちゃ意外よね。あの廃れた雰囲気の男に、可愛らしい奥さんって。似合わないにもほどがあるわ」
「あらあら、ナミったら。ほどほどにね」

「何をするのじゃ…無礼者!」


目の前にいない相手を王女らしかぬ口調で罵るナミをロビンが笑って窘めていると、一際大きな金切り声が場をつんざいた。
それまでざわついていた会場が一気に静まり、皆動きを止めながら目を丸くして、その声の方を凝視する。

あまりのことに呆然としているのか、そこには先程からずっとハンコックに叱られていた少年が、棒のようにじっと突っ立っている。
その目の前には、頭からワインを被ってびしょぬれになっている、アマゾン・リリーの王女の姿が。
更に不味いことに、被ったワインが赤ワインだったらしく、優美なラベンダー色のドレスが、斑色に汚れてしまっていた。
突然のことに、一瞬呆気に取られていた彼女の付き人のグロリオーサも、慌てて孫娘に駆け寄った。
一度庭に出ようとしているらしい二人の様子を見て、周囲の人々もざわざわとどよめき始める。
当のハンコックは余程怒りが増幅したのか、わなわなと震えていた。
それは同じ王女という立場のナミとロビンにとっても、にわかには信じ難い光景だった。
ワインを客に配っているのは、この城のメイドだけである。
騒動の渦中の近くにいる二人のメイドが、物影に隠れて何やらひそひそと耳打ちしあい、にやにやと嗤っているのが見えた。
何よあれ…もしかしてメイドの内の一人がわざとやったっていうの?
どう考えてもそうとしか思えない事態に、ナミは思わず立ち上がりそうになった。


「おいお前!何すんだ!」


そのとき、庭園から人垣を割って、中へと入って来る少女が現れた。
純白のドレスをたくし上げ、憤った表情でずかずかとハンコックの元へ近付いて行く。
黒髪を短く切り揃えた、活発そうな少女だった。
左頬にうっすらと残っている、傷痕のような痣が印象的だ。

少女は大股で人の群れの中に紛れていた一人のメイドの前まで躍り出ると、そのメイドのワイングラスを持った手首をがっしりと掴んだ。
グラスの中身は空っぽで、赤いワインの名残が床にぽたりと砕け散る。

「お前、さっきあいつにこのワインぶっかけただろ?何でそんなひでぇことすんだ!」
「な…、何を仰いますルフィ様、私のような一介のメイド風情が、そのような無礼なことを…よりにもよってハンコック様に、できよう筈がないではありませんか…!」

ルフィ?あの少女はルフィという名前なのか。
確か、モビーディックに嫁ぐことになった姫君の名も、ルフィといった筈だ。
よくよく見てみれば、あの少女が身につけているのはどうやらウエディングドレスのようである。
まさか、あの少女が?
あの、とても一国の姫とは思えないような振る舞いの少女が、王妃に選ばれたサニー国の王女だというのか。

「ル、ルフィ様何故ここに…!」
「まだここへは来てはいけません!主様より先に、皆様の前にお姿をお見せしてしまうだなんて、」

さっきまで影でほくそ笑んでいたメイドたちが、血相を変えて少女の元へ走り寄る。
少女はそれでもメイドの手を離そうとはせず、眉間に眉頭を寄せながら、鋭い声音で彼女たちに言った。

「上のバルコニーから全部見えてたぞ。いくらあいつが大切な壺を蹴っ飛ばしたからって、ワインぶっかけていい訳ねぇだろ!ここにいるってことは、あいつも俺の結婚式を祝いに来てくれた客ってことだろ?俺は、父ちゃんやシャンクスたちに、客は大事にもてなせって教わったぞ。もてなす方も大変だけど、もてなされに来る方だって大変なんだって。それなのに、わざとそんなひでぇことしやがって…俺は怒ったぞ!あいつに謝れ!」

手首を掴まれたメイドは、すっかり顔色を青くしてぶるぶると震えている。
当然だ。自分が意図的にやったことだということが露見すれば、死罪は免れないほどのことだ。
場は水を打ったように静まり返り、それまで怒りに震えていたハンコックまでもが、ぽかんと口を開けてことの顛末を見守っている。

やがて、消え入りそうな声で、「…申し訳ありません…」とメイドが言った。
血の気が失せている。死を覚悟したのだろう。
周囲も息を呑んで見守る中、打って変って、ルフィと呼ばれた少女は、にかっと笑った。


「んん、よし!謝ったから許す!」


!!??

その瞬間、全員が全員、雷に打たれたような衝撃を受けたのだと思う。
ナミもロビンもそうであったし、最も驚いたのは、許しを受けたメイド本人だろう。
このモビーディックで、王族の怒りを買った者は、まず生きていられない。
有無を言わさず死刑となり、主の機嫌がいいときでさえも、流刑は免れない。
それが謝っただけで許されたばかりか、まだ正式に王妃となっていないこの少女が、あっけらかんと権利を施行したのである。
そんなことが、果たしてこの国でまかり通るのだろうか…。
集められた各国の王族も、この城の奉公人たちも、皆が皆不安に感じ始めたとき、それを知ってか知らずかルフィ王女は、ワイン塗れになったままのハンコックを振り返り、あろうことかそのウエディングドレスの裾を持ち上げて、ごしごしと彼女のドレスに染み付いた汚れを拭い始めた。
少女のその行動にいち早く慌てふためいたのはグロリオーサで、自身の孫を清めようとする少女の動きを、止めようと必死に手を伸ばす。

「な、何をしにょさる!それは、この国のお妃様方が、代々婚姻の儀に身に付けてきたもにょ…おやめにょさい!」
「ははは、大丈夫だってこれくらい。この城のメイド、仕事できる奴ばっかだからさ。こんな汚れくらい、すぐ洗って綺麗にしてくれるって。俺は着替えられるからいいけど、こいつはないだろ?早いとこ洗わねぇと、ワインの汚れって落ちねぇってウソップが言ってたぞ」
「き、着替えって!そなたは本日の主役なにょじゃぞ!今そにょ花嫁衣装を着なんで、いつ着るにょじゃ!」

小さな体を懸命に動かせて、何とか少女の暴挙を止めさせようとする老婆。
ハンコックは放心でもしているのか、一向に動こうとせず、ただただ大人しく上半身をすっぽりと白いドレスの裾に覆われている。
やがて騒動の下手人であるらしいメイドをはじめ、それまで黙って成り行きを見守っていた奉公人たちがわらわらと集まりだし、主の王妃を何とか退室させようと奮闘し始めた。

その、どうにもこうにも物凄い光景に、ナミは腰を深く椅子に据え直し、へぇ〜、と気の抜けた感嘆詞を吐く。

「…あれが噂のサニー国のお姫様かぁ…。何だか想像以上の女の子ね。可愛らしいとか、それ以前の問題のようだけど」
「うふふふ、いいわね。いいじゃない。私は好きだわ、あのお姫様」

私も嫌いじゃないわね、と呟いたナミにロビンが笑っていると、広間の奥の方からばたばたと足音が聞こえ、マルコという国王の側近を中心に、何人かの近衛たちが、騒動の中へと押し入って行った。
あの顔ぶれには見覚えがあるが、その中に一人だけ、見慣れない人物がいる。
毛皮で編んだキャスケットを被った、黒い衣服の若い青年だった。
青年は誰よりも早くルフィ王女に近付くと、少しの躊躇もなくその細い襟首を掴み上げて、アマゾン・リリーの王女から少女を引きはがす。
ルフィ王女は最初びっくりとしていたが、青年の顔を確認するなり再び破顔して、「ロー!今までどこ行ってたんだ?」などと暢気なことをのたまっている。
途端、王の右腕であるマルコが疲れたように目を閉じ、ローと呼ばれた青年のこめかみには、青筋が浮かんだ。


「…お前は…一体ここで…何をしてやがるんだ!!」


いくら破天荒だとはいえ、仮にも王女にこの一喝。
あの青年も、何者だろうか。


「大体何でここにいる!俺が呼びに行くまで部屋から出るなって何度も言って聞かせただろうが!」
「バルコニーから降りてきた!だってよー、ひでぇんだぜ?こいつがさー、あのメイドにワインひっかけられててさー、」
「ンなことてめぇに関係あるか!何だこのざまは!今日がどういう日か、お前分かってやってんのか!」
「結婚式だろ?俺の。ちゃんと分かってるぞ?この服のことなら、他のに着替えりゃいいじゃねーか」
「他のっておま…お前なぁ…!……はぁ…、」

おい、と、どうやら脱力してしまったらしい青年がマルコを見る。
マルコは暫く額に手を当てて色々と考えあぐねていたようだったが、やがて諦めたかのように溜め息をつくと、親指で自分の後方を示した。

「……こうなっちゃ仕方ねぇよぃ。ひとまず、お前はルフィ様をクローゼットへお連れしてくれ。急いで手直しする他ねぇだろぃ」
「…すまねぇな」
「いいから早くしろ。…皆様、大変失礼をいたしました。主もすぐに参りますので、その間ご歓談を愉しんで下さいますようお願いいたします」


それでは、とマルコが踵を返し、青年もルフィ王女を連れ立って後に続こうと、颯爽と身を翻したとき。

いつの間にかそこに佇んでいた男の姿に、周囲の人々も呼吸を潜めた。





「何だ、この騒ぎは」





男、
モビーディックの現王、エースは、厳かな装飾で彩られた衣装を光に煌めかせながら、淀みない足取りで青年たちに近寄って行った。
前触れのない主の登場に、身動きすら取ることのできないナミとロビンの前を、圧倒的な威厳を以て通り過ぎて行く若き国王。

まさかの事態にマルコは目を見開き、ルフィの肩を抱えたローという青年も、王の姿を捕えたまま、視線を逸らすことができないでいるようである。
ただ一人、ルフィ王女だけがぱちぱちと、無邪気な仕草で瞬きを繰り返していた。
大きな丸いどんぐり眼が、目前に立ったエースの顔をはっきりと映す。
王の顔は色がなく、何の感情もそこからは読み取れなかった。





ばしっ!





それはあまりにも唐突で、あまりにも素早い出来事で、おそらくはその場にいた誰もが、その一瞬では何が起こったのか分からなかったに違いない。
とにかく、次の瞬間では少女の頬は真っ赤に腫れていて、華奢な体が大きく横にぶれ、短い黒の毛先が、ぱらぱらと空中で踊っていたのだった。

王が、今日この日に自分の元へと嫁いできた少女の顔を強かに打ったのだという事実は、確かにその場に居合わせた者全員の目に映った現実だというのに、どこか絵空事のように見えた。
それほど、信じ難いことだったのだ。


「…俺の顔に泥を塗ったな。そんな汚ぇなりで人前に出るとは、どういうつもりだ?この糞女が」
「………」
「……主、お言葉ですが、」
「着替えさせろ」

何かを忠言しようと口を開いたマルコを遮り、吐き捨てるようにしてそうと告げたエースは、呆然としている少女を、きつく睨み付けた。

「こんな奴とでも、大事な婚礼だ。儀式だけは形式だけでも済ませとかねぇと示しがつかねぇだろう」
「そりゃぁ…そうですがねぇ…、」
「ったく…俺に恥かかせる気かよ、この馬鹿女…。くだらねぇ奴だとは分かっていたつもりだったが、ここまで最低辺だったとはな。とんだ外れ籤だ」

舌打ち混じりにそう言うと、エースは来賓たちに目礼することもなく、さっさと来た道を戻って奥へと引っ込んでしまった。
幼い頃から誰かに叩かれたことなど一度としてなかったルフィは、殴られた個所を押さえることすらできずに、ただきょとん、としているばかりである。
周囲も今起こったことがまだ完全には理解できずに、いまだに静まり返ったままだった。
ただ一人、少女にローと呼ばれた青年だけが、去っていく王の後ろ姿を憎々し気に睨んでいる。

「…主がとんだ無礼を…ルフィ様」

本当に申し訳なさそうに頭を下げたマルコに対し、漸く意識が現に戻ったらしい少女が、「いいぃよ。それに、悪いのは俺だしさ」と、微笑んで言った。
青年は、そんな少女の肩に置いた手に力を込め、やりきれなさそうに歯を食い縛っていた。
すっかり置いてけぼりを喰らっているハンコック王女は、何とも言えない表情で少女のことを見つめている。

何なのこれ…、

一部始終を見過ごして、ナミは思った。
何なの?いくら政略結婚って言ったって、こんなのって有り得るの?と。


「……酷いことするわ」


ロビンから、ぽつりと零されたその一言が、正に的を得ている。そう思った。





















































王族同士の結婚式ってどんなんの?
と思って色々と調べてみたんですが、何だか書くのがひっじょーにめんどくさくなりそうだったので、お兄やんにルフィをひっぱたいてうやむやにしてもらいました。←
大衆を文章で書くのって難しいです。
個人的にはBGMっぽいイメージで表そうとしてるんですが、なかなかどうして気を抜くと、空気になってしまうという…;;
次辺りで、やんわりとエロい雰囲気入れられるといいな。
ローさんの立ち位置がまだ曖昧な感じなので、登場させるタイミングが難しい…。
マルコ兄さんのが出しやすいって何なの、もう;;
王族パロ…まったく手こずらせてくれやがるぜ…。

ナミとロビンちゃんには、もうちょっと頑張ってもらいますよv
蛇姫様にもねv


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