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ちょいえすもどきとのっとえむ(航海士)




 ナミはけして(性的な意味での)サディストではなかったが、リルの事となると話は別だった。
突然だが、リルは痛みに滅法弱い。
ナミがリルに少しの痛みを提供したいと思い始めたのは、リルがちょっとした拍子に負った腕の傷を、チョッパーに治療してもらっている時の表情を見てからだった。
傷の痛みと消毒液の刺激に、必死に堪えるような幼い歪み顔。リルのあの表情が何とも扇情的で、愛しくて、もっと見たいと思ってしまったのが事の始まりだった。
あの子の、今にも零れ落ちんばかりの紫の瞳にびっしりと生えた長い睫を見る度にそれを引っ張ってやりたいと思ったし、ちょっと丸くて低くて、小さな鼻がひくりと動く度に摘んでやりたいと思ったし、海を見ながらぽけっとして口を半開きにしているところなんかを見ると、ぽってりとした小振りな唇の中に指を思い切り突っ込んでやりたくなった。
だが、やりたいやりたいと思っているだけで、実際に実行に移した事はない。
ネガティブさも小心さも、ウソップとチョッパーを凌ぐ性分を持つリルだ。突然何の理由もなくそんな事をしてしまったら、リルはきっとナミのその行為を純粋に悪意によるものだと思い込むだろうし、五感に感じたそれぞれの痛みに恐れおののくだろう。物事の起因を端的にしか捉える事のできない素直なリルは、きっとナミのその奇行が、多大なる愛と僅かなフェティシズムによるものだなどと、露にも思わないに違いない。
だからナミは、いつもあと一歩のところでその欲求を押し殺すのだ。
睫を引っ張りたくなったら、髪を撫でてやりすごす。
鼻を摘みたくなったら、額を突いて我慢する。
口に指を入れたくなったら、頬を緩く抓って誤魔化した。
いつもそうやって、それでも触れなきゃ発散できないどうしようもない欲を燻らせていたのだけれど、元来人見知りの激しいリルにとってはそれでもう、十分なくらいだったらしい。
つい最近の話だが、リルが言った事がある。


「ナミは人に触るのが好きなんだねぇ」


それはハーモニカを奏でながら溜め息のように吐き出された言葉で、その時も正にリルの肩口に後ろから顎を乗せていたナミは、面喰って思わず「えぇー…」と、間抜けな声を出してしまった。
リルにしてみればスキンシップ過多なのだろうナミのその行いは、ナミ自身にとっては寧ろ、よく抑えている方だったのだ。
だって、本当はもっともっと四六時中くっついて、リルの奥の奥の、一番深いところまで覗いてみたい、なんて事を、ナミは常々考えているのだから。
それにこんなベタベタした事、リル以外としたいだなんて微塵も思った事もない。リルだから触りたいのに。普段の自分と他のクルー達の関係を考えてみろ、とナミは言いたかった。
リルはしかし、そんな事は知ったこっちゃないとでも言う風に、また立て続けにこう言い放った。


「でも…別に嫌って訳じゃないんだけど、もう少し離れててくれるとあの、いいかなって…。別に嫌って訳じゃないんだけど、」


別に嫌って訳じゃないんだけど、とリルは、もう一度言った気がする。
そんな!ただでさえ我慢してるっていうのに、これ以上だなんて酷すぎる!(とは口には出さなかったが、)じゃあどういう時ならくっついていいの?とナミが問うと、リルは暫くハーモニカから口を離し、考え出した。
ややあってこちらを振り向いたリルが言った事は、肩を叩いたり、握手をしたり、髪を乾かしたりする時のような、日常生活においてごくごく自然な、しかし僅かな接触例だった。

それからというもの、ナミは理由なしにリルに触れられていない。
本当はあの時だって、細い肩にかじりついてやりたかったのを顎を置くだけにとどめておいたというのに。その上この仕打ち。何だか酷い。あんまりだ。(しかしそれは理不尽な憤りだ。)
リルは極端に人の体温に慣れていないところがあるので、少女のあの言い分は確かに仕方がない。
だが触れたい。触れたくて触れたくて、もうおかしくなってしまいそう。
依存症とでもいうのか禁断症状とでもいうのか。ナミのリルに触れない事による欲求不満は、もう破裂しそうなほど限界だった。
その、ある意味病気ともとれるナミの衝動に、ある日転機が訪れる。





「…つ、んっ」


細く、短いが弾力のある指先を口に含むと、傷口が痛んだのか、リルの小さな呻き声が頭上から聞こえた。
生温かい口内の感触と、沁みた傷口に驚いたリルが手を引っ込めようとするのを、ナミが両手ではし、と止める。

リルが左手の人差し指に怪我をした。
夕食後、見張りのあるサンジの手伝いをかってでたリルが、洗い物をしている時に包丁で掠めたのだ。
そんなに深くは切れていなかったが、一向に止まらない血にリルが慌てだしたところに、たまたまキッチンに残っていたナミが駆け寄り、その指先を捕えて舐めた。

そして今に至る訳だが、リルの方は混乱している。
止血と消毒のためにこうしているとは言え、何だかいやに長くはないか。
リルは、ナミの舌が這う度ひりひりと疼く痛みに眉を寄せながら、もういいよ、と言った。


「ナミ、も、大丈夫」
「ん、」
「大丈夫っ…だから、」


痛みでうっすら涙目になっているリルを見上げながら、ナミは指をくわえたまま「ダメよ」と言った。


「ぃっ…しゃべんない、で、」
「こういうのはちゃんと消毒しておかなきゃ。化膿でもしたらどうするの?」
「チョッ、パーにちゃんと診てもらうから…だからも、いいよ、」
「それでも最初の処置が肝心なの。今のうちにできるだけ止血しとかないと。舐めるのは消毒にもなるし」


半分嘘で、半分本当だ。
治療に関して嘘は言っていないが、本音にしてみればそれもこじつけである。
ナミは頼りない指を舐めながら、ひくりと震えるリルの顔をじ、っと見つめていた。
ああ、いい顔。と、うっとりとする。
痛みと、あとは恐らく羞恥のせいで赤く染まった頬は、唇で食んだら甘そうだ。
じんわりと口内に広がるのは、塩辛い血潮の味。リルの血だ、私は今、リルの一部を飲んでいる、と思うと、ナミはとてつもないほど興奮した。
舌の腹で第一関節をくるりと包み、軽く吸う。リルの体がぴくりと跳ねる。
一度唇を僅かに離し、傷口ギリギリの個所に歯を当ててみた。緩い強度で噛み付く。
予想通り、リルは大袈裟なほど体をびくつかせ、悲鳴を押し殺したように息をのんだのが分かった。ひぃ、と喉から小さく漏れた少女の声はまるで嬌声のようで、一層ナミの体の熱を煽る。


「あ、あっゃ…ゃだぁっ」


ぴくぴくと痙攣する指に当てた歯を、上下交互にスライドさせる。
肉の中の骨がこりこりと擦れる感触がして、リルを食べてるみたい、とナミは、嬉しさに目を細めた。
リルは、真っ赤になって泣きそうになりながら、それでも強引にナミを引き剥がそうとはせず、ただふるふると震えている。
犯しているみたい。ナミはまたそう思った。
含んでいるリルの指先が膨らんだ女の証のように思えて、下着の内側がずくり、と震えた。


「ナミ、やだっ、やだ、もぅ、やぁっ…やだよぅ…っ」
「、はいはい、終わり」
「うぅっ…」


本格的に泣き出し、ナミの手をきゅぅ、と握り締めてきたリルにそろそろやばいと感じたナミは、名残惜しかったが、リルの指を渋々解放した。
傷口からの血はすっかり止まり、散々吸われたせいで指の皮膚が一部赤くなっている。ナミの唾液でてらてら輝いているリルの細い鬱血した指は、それはもういやらしかった。
こういうのも一応キスマークになるのかしら、とナミが考えていると、リルが指を庇いながらも、律儀にナミに頭を下げた。


「消毒、してくれて…ありがとう」


びっくりしたけど、と付け足したリルの目尻は赤く染まっていて、少女の癖にはしたない色気を醸し出している。
ナミは少し複雑になりながら、「いいのよ」と何でもなかったように応えた。
にこにこ顔の裏に、やっぱり止められないわ、などという、リルにとっては不穏以外のなにものでもないことを考えながら。











「次からはもっとやさしく噛んであげるわ」





fin.

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あきゅろす。
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