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「瑠衣っ!」
いくら呼んでも姿を現さない息子に、達也さんは痺れを切らしたのか声を張り上げて、僕に「ちょっと待っててね」というと、奥へと消えて行きました。
どうしたんでしょうか…
ドーンッ・・
達也さんに言われた通り待っていると、暫しくして激しい音と共に達也さんではない男の悲痛な声が聞こえてきました。
「痛ってーな!何すんだクソ親父っ!!!」
「いいから来なさいバカ息子」
言い争いながら、達也さんに首根っこを掴まれ出てきたのは、思わず見惚れてしまいそうなほど見目麗しい少年でした。
180センチ以上はありそうな長身に逞しい身体、少し長めな黒髪が何とも艶めかしく、切れ長な目は少し吊り気味で迫力があります。
「ほら、挨拶しなさい」
「んだよ」
達也さんは掴んでいた少年をポイッと僕の前へと放り投げました。
少年はキッ、と達也さんを睨みつけましたが僕の存在に気付くと、クルリとこちらに顔を向けました。
「………」
「初めまして、美咲っていいます。これから宜しくお願いしますね」
これから家族となる少年に、僕は精一杯の笑顔で自己紹介をしました。
しかし、彼は僕を見据えたまま固まってしまったかのように中々口を開きません。
僕の顔に何かついてるんでさょうか?
怪訝に思っていると、彼の後ろに控えていた達也さんが少年に向け容赦ないゲンコツを浴びせました。
ゴツンッ、と。
痛そうです…
「痛ってー!!何すんだ親父っ!」
「美咲くんが挨拶してくれたんだからちゃんと返しなさい」
静かにそう叱った達也さんに、少年は小さく舌打ちを洩らしました。
「…金城瑠衣だ」
目も合わせずにぶっきら棒に言った彼の顔は少し赤みを帯びていて、心配になった僕は無意識に瑠衣の額に手を伸ばしました。
「っ、」
ペタ、と額に触れると驚いた瑠衣がやっと僕と目を合わせてくれました。
「熱はないみたいですね。」
そうニコリと笑うと、瑠衣はますます顔を真っ赤にして口をパクパクとまるで金魚みたいに驚いてます。
いきなり馴れ馴れしかったでしょうか…
「あの、瑠衣って呼んでもいいですか?」
「……あ、あぁ」
「僕のことは美咲って呼んでくださいね」
「……わかった」
早く仲良くなりたくて呼び方を提案してみると、瑠衣は思っていたよりすんなり受け入れてくれました。
良かったです…
「瑠衣って身長高いですね。何センチあるんですか?」
「……183」
「いいなぁ。僕小さいから羨ましいです」
「……」
瑠衣は人見知りなのでしょうか?
それとも元々口数が少ないのでしょうか。
僕もそんなに話が上手なほうではないし、どうにも会話が続かなくて困っていると、後ろでなぜかクスクスと笑っていた達也さんが助け舟を出してくれました。
「瑠衣、美咲くんを部屋に案内してあげなさい」
そう達也さんに言われた瑠衣は、無言で廊下へと向かって行きました。
どうやら案内してくれるみたいです。
達也さんに小さく頭をさげて、僕もその後を急いでついて行きました。
「ここだ」
瑠衣に通された部屋はとても広くて、既に家具が用意されていました。
その中心にはダンボールが数個。
前の家から送った僕の私物みたいです。
「凄い素敵なお部屋ですね」
「き、気に入ったか」
「はい、とっても!」
そう言うと、瑠衣は若干頬を緩ませました。
今…もしかして、笑った?
でもそれも一瞬のことで、瑠衣はまた元の仏頂面に戻ってしまいました。
僕の気のせいだったんでしょうか…
「瑠衣の部屋はどこですか?」
「ここの向かい」
「そうなんですか。たまに、遊びに行ってもいいですか?」
「は?」
「えっと…僕、ずっと兄弟に憧れてたんです。一緒に遊んだり、一緒に勉強したり、一緒に寝たり―」
「ね、寝る!!?」
「はい。迷惑…ですか?」
兄弟同士で添い寝っておかしいことなんでしょうか?
瑠衣の戸惑っている表情を見て、僕は不安になってきました。
もしかして、いきなりできた兄弟をまだ快く思っていないのかも…それなのに、僕ったら図々しいことを言ってしまったのかも知れません。
そう勝手に解釈して落ち込んでると
「め、迷惑ではない」
「本当ですか!?良かったぁ」
安堵に顔を緩めると、瑠衣はまた石のように固まってしまいました。
さっきもこんな感じだったし、瑠衣はそういう子なんだと思うことにして、僕は早速荷物の整理に取り掛かりました。
ダンボールの中には衣類など生活に欠かせない物も多いし、早めに出してしまったほうがいいですしね。
「……手伝ってやろうか」
床に座りダンボールを開け中身を出していると、後ろから声がかかりました。
「いいんですか?」
返答もなく瑠衣は僕の傍まで来ると、空いてないダンボールを開け中身を出し始めました。
そんな瑠衣の心遣いに小さく笑って、僕も作業を再開させました。
瑠衣と早く仲良くなれますようにと願いながら――。
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