side:美咲
「もしかしてここ…?」
聞いてはいたけど、あまりにデカい高級マンションを前に、僕は唖然としました。
母に渡された地図を見直して、住所まで確認して、やっぱりここだと確信しましたが、僕みたいな庶民がこれからここに住むだなんて、まるで夢のようです。
だけど、現実なんですね…。
よし、と心の中で気合いを入れて、僕は緊張気味にマンションのエントランスへと向かいました――。
◇
始まりは、数日前のこと――。
「みーちゃん!みーちゃん!ちょっとこっち来てちょーだいっ」
出張から久しぶりに帰宅した母、弘美は到着するなり慌てた様子で僕を呼びつけました。
「母さん、まず家に着いたら“ただいま”でしょう?」
「あ、そっか!ただいまみーちゃん。――じゃなくて、急ぎで話があるのよ〜!」
「僕に?何ですか?」
母さんはいきなり落ち着き払ってコホンッと咳払いをすると、珍しく至極真剣な顔を僕に向けました。
「――母さんね、再婚しようと思うの。」
再婚…………?
「そうですか、わかりました」
少し間をおいてそう言えば、母さんは驚いたように目を見開きました。
「え!?それだけ…?」
「あ、そうでした。おめでとうございます」
「じゃなくて!再婚、してもいいの?」
「なぜです?」
僕が反対するとでも思っていたのか、母さんは僕の反応に安心したように息を吐きだすと「みーちゃんには敵わないわ」と、やんわりと笑いました。
父さんが亡くなってもう八年も経ちますし、母さんが幸せになってくれることが、僕にとっての幸せでもあります。
反対するわけがありません。
「みーちゃんたら、私が思ってるよりもずっと大人だったのね。何だか嬉しいような寂しいような…複雑な気持ちだわ」
「僕は随分前から母さんよりも大人ですよ」
「みーちゃんたら、もおっ!」
からかうように言った僕に、母さんは頬を膨らましました。
こういう仕草が子供っぽいんですよね…。
でも母さんの場合、実年齢には到底見えないほどの童顔なため、違和感がないから困ったものです。
「あ、それでね!再婚したらあちらのお宅に住むことになってるから、よろしくねっ」
「はい、わかりました。――て、何をやってるんです?」
母さんは言いながら、なぜか荷物を詰め込み始めました。
さっき帰ったばかりだから、正確には衣類のみ新しいのに取り替えているわけですが。
「あ、そうそう言い忘れてたわ!私、長期で海外にまた出張しなくちゃいけなくなったのよ〜」
「え!帰ってきたばかりなのにですか?」
母さんはそこそこ名の売れた写真家をしていて、世界中を飛び回っています。
被写体は風景や人物など様々で…僕も一度だけ、母さんの被写体として仕事を手伝ったことがありました。
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