side:美咲
ドンッ
「あっ、すいません!」
トイレから出ると、僕は目の前に立っていた誰かにぶつかりました。
鼻を擦りながら見上げた先には―――。
「美咲」
僕の名前を呼ぶのは、張り付けたような笑みで見下ろす夏蓮くんでした。
この人がどうも苦手な僕。
冷たい空気を纏う彼が、なぜか怖くて仕方がないんです。
僕は早くこの場から離れたくて、軽く会釈をして夏蓮くんの横を通り過ぎようとしました。
「待って美咲。」
だけど――夏蓮くんに腕を捕まれ、それは叶いませんでした。
「実は、君に謝りたくて…」
眉を下げそう言った夏蓮くんに、僕は無視して行くことも出来ず向かい合いました。
「謝る?」
「うん、君に失礼な態度をとって申し訳なかったと思ってね」
「そんな…僕は気にしていませんよ」
夏蓮くんは僕の言葉に安心したように顔を綻ばせて「良かった…」と洩らしました。
夏蓮くんを怖い人だなんて、僕の勘違いだったのかも知れません。
初めて会ったとき、何となく敵意を感じたのはきっと僕が夏蓮くんの機嫌を損ねるようなことを言ってしまったからで…
本当は、いい人なのかも。
僕がそう気を許した瞬間、夏蓮くんは銀の瞳を細めて口角をあげました。
「美咲がお人好しで、本当に良かった。」
「え?――ンッ、」
それは突然でした。
背後から誰かによって口を布のようなもので塞がれ、抵抗する間もなく。
段々と遠退いていく意識の中、ぼんやりとした視界に最後に映ったのは、夏蓮くんの怖いくらいに歪んだ笑顔でした――。
――――
「やっと起きたね」
僕が目が覚めたのは、明らかに学園内ではない広い倉庫のような場所でした。
古びたソファーに横たわっていた僕は、ズキズキと痛む頭を抑えながら体を起こし隣に座る人物に視線を向けました。
「ここはどこですか?なぜ僕はここに……」
学園で夏蓮くんと話していたところまでは覚えているんですけど…
どうやって、しかもなぜ夏蓮くんが隣にいるのか訳がわかりません。
「ここはね、銀狼の本部みたいなとこかな。なぜ美咲を連れて来たかって言うとね、金城をおびきだす餌に使うためだよ。」
まるで子供に言い聞かせるような優しげな声とは裏腹に、その内容は恐ろしいものでした。
太一が言っていた言葉を思い出しました。
夏蓮くん率いる銀狼は、瑠衣が率いるブラックスターの天敵だと…
油断した僕がバカでした。
もし僕のせいで瑠衣が酷い目に遭うようなことになったらと思ったら背中に冷たいものが流れました。
「僕を今すぐ帰して下さいっ」
「俺の話しを聞いてたかい?美咲、君はね、言わば人質なんだよ。」
クツクツと喉で笑う夏蓮くんは僕の頭を優しく撫でました。
手袋をしている夏蓮くんの手は、その銀の目と同じくとても冷たくて。
僕はさっとその手を払うと何も言わずに立ち上がりました。
ここに居てはいけない、早く瑠衣に会わないといけない、そう思ったから―。
あれからどのくらい時間が経ってるのかわかりませんが、いきなり居なくなってしまった僕を、瑠衣が心配してるかも知れませんし…。
「人質は大人しくしてなきゃ、駄目でしょ?」
「ヤッ、離して下さいっ」
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