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side:瑠衣



美咲を乗せた電車が見えなくなると、俺はクソ野郎の腕を掴みあげた。


痛いと呻く声も無視して。



「―――俺のに触った代償はでかいぜ?」


恐怖に震えるオヤジはまさに滑稽だ。

だがそんな姿で許せるほど、生憎俺の心は広く出来ていない。


特に、美咲に関してだけは――。




―――





一時間遅れで登校すると、丁度休み時間だったらしく俺の姿に気付いた美咲が走り寄ってきた。


「瑠衣!先に来てしまってすいません。大丈夫でしたか?」

眉を寄せて心配そうに顔を窺ってくる美咲に「大丈夫だ」と答えて席に向かった。

そしたらすぐに、後ろから美咲に呼び止められ足を止め振り返ると。


「どうしたんですか、これ…」


そう言って俺の手をそっと持ち上げた美咲は、とても悲痛そうな顔をしていた。

なんだ?と思って持ち上げられた自分の手を見ると、そこにはあのクソ痴漢野郎を殴ったときに付いたであろう血が、甲を所々赤く染めていて。


「……………転んだ」


本当は返り血だが。

自分が痴漢をされたと信じていない美咲に、犯人をボコッてきたなんて言えばきっと驚くに決まってる。



「もぉ。瑠衣はおっちょこちょいですねぇ」


美咲はくしゃりと笑うと、ブレザーの胸ポケットから絆創膏を取り出して俺の手に貼った。


それはゴツゴツとしたデカい俺の手には似合わなすぎる子供が好みそうなキャラクターのプリントが入った絆創膏で。


「………」


思わず頬が引きつるも、笑顔で「これでよしっ」と満足げな美咲を前に、何も言えなかった。

席に着くと、斜め向かいの席に座っていた高梨が俺の元へ寄ってきて、周りに聞こえないよう声を潜めて話しだした。

「昨日、うちの連中が銀狼にやられたんだけどぉ〜どうする〜?総長☆」

おどけて話してるようでも、高梨なりにチームの仲間がやられた事実は相当頭にきているらしい。
そう、低い声が物語っていた。


早速仕掛けてきやがったか。


俺は視線を窓に向けたまま、暫く黙り込む。

銀狼は少数になったところを大勢で襲い、少しずつ潰していくという卑劣なチームだ。
このまま大人しくしてるわけにはいかない。

だったら銀狼が集まってる場所に強襲をかけるしか方法はないだろう。

そして、一気に潰す。


「――全員集めとけ。今夜銀狼を殺る」

「あいあいさー☆」


高梨はそりゃもう楽しそうに、スキップでも飛び出しそうな勢いで自分の席へ戻って行った。


今夜で片がつく。


だが俺は、日向という男を甘く見ていたことを…このあと知ることになる――。





―――――






「あいつは?」

俺が眠りこけてる間にHRが終わり、教室内には数人のクラスメイトしか残って居ない中で、美咲の姿が見当たらなかったため神崎に聞いた。

「美咲ならさっき便所行くって。……あれ、でも遅いな」



胸騒ぎがする。

俺は少し考えた末、同じ階にある便所へ向かった。




便所の扉を開けると一人の生徒がいて。だけど美咲ではなかった。
そいつは俺の顔を見るなり急いで用を足して足早に横を通り過ぎて出て行った。

胸騒ぎが核心へと変わる。


美咲は何も言わずどこかに行くような奴ではないだろう。
現にさっき、机の上にはポツリと鞄が置かれていた。

目を離すんじゃなかったと、今さら後悔しても遅い。
俺は取り敢えず急いで教室へと戻った。





「美咲が居なくなった。俺は今から屋上探しに行ってくる」

俺がそう伝えると、神崎は勢い良く立ち上がり素早く携帯でチームの奴らにかけ始めた。
大袈裟かも知れないが、人数が多いほうが見つかるのも早いだろう。

「じゃあ校庭は俺に任せて」

高梨も珍しく真剣な顔でそう言うと、教室から出て行った。












「いたか!?」

念のため教室に残っていた神崎が戻ってきた俺に詰め寄る。

首を振りいなかったことを伝えると、神崎は肩を下ろし苛々したように髪を掻き乱した。


「チームの奴らも街中探してるみてーだけど…。ただ一つ、妙な情報が入った」

自分の携帯を一瞥して、神崎が神妙な面持ちで告げた言葉に目線だけで続きを促した。


「銀狼がやたらと動いてるらしい。俺の推測に過ぎないが、もし今日にでもブラックスターを潰す気でいるなら、あの姑息な連中のことだ…頭である金城の弱点を突いてくるだろう―――つまり、美咲だ。」

「……………」




何も言わない俺に、神崎は表情だけでこれからどうするべきなのか察したのだろう。

携帯でどこかにかけた神崎は、電話口に向かってこう告げた。



「銀狼に総攻撃をかける。」


美咲、俺の美咲……


一瞬でも奪った罪は重いことを、銀狼に思い知らせてやるぜ。

震えるほどの怒りが沸き上がるなんて、初めてのことだった――。






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