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なんだろう、と暫く神経を集中させてみると――お尻の辺りで、電車の揺れとは違う何かが蠢いているようでした。
「瑠衣、何か変です…」
すぐ隣にいる瑠衣のブレザーの裾を引っ張り小声で伝えると。
視線を僕から背後にチラリと向けた瑠衣は、先程までの眠そうな顔から目をカッと開きみるみるうちに般若のような形相へと変貌していきました。
「どうかしたんですか?」
「ぜってー殺す」
「え?」
瑠衣の呟きは、アナウンスによってかき消され僕の耳には届きませんでした。
学園から一つ手前の駅に到着し、アナウンスと同時に開いたドアから皆一斉に降りて行ったことで車内はあっという間に空席が出来ました。
やっと息苦しさから解放される。
そんな安堵感に浸っていたら、なぜか電車から降りて行く瑠衣の後ろ姿が目に入り…
「瑠衣!降りる駅は次ですよ!?」
僕も慌ててついて行くと、ホームで瑠衣と、向き合うようにして中年の男性が立っていました。
「瑠衣?」
中年のオジサンは瑠衣の睨みにブルブルと震えていて、ズレ落ちそうになっている眼鏡すら直さずに下を向いたまま。
ただならぬ雰囲気に瑠衣に声をかけると、瑠衣は僕に一瞥をして――そして目の前の男性の胸ぐらを勢い良く掴みました。
「瑠衣なにしてるんですかっ!」
軽くウッ、と呻き苦し気に眉を寄せた男性に、このままでは危険だと感じた僕は瑠衣の腕を必死に掴みました。
「このゲス野郎が、お前に触った」
冷や汗を垂れ流す男性を間近で睨みつけたまま言った瑠衣の言葉に、僕は訳がわからず首を傾げました。
お前というのは、たぶん僕のことでしょう。
でも、触ったって何のことでしょうか?
「どういうことですか?」
「まだわかんねーのかよ。こいつ、痴漢」
こいつ、と瑠衣が指をさした先には青い顔で今にも失神してしまいそうなほどに縮みあがる中年男性。
………痴漢?
「そうなんですか!?え、でも誰が触られて…………もしかして、僕ですか?」
自分に指をさして聞いてみれば、瑠衣はやっとわかったのかよとでも言うように溜め息をつきながら頷きました。
いや、でも…
「僕、男ですよ?何かの勘違いでは…」
確かに電車内でお尻の辺りに擽ったいような感覚を感じましたけど、だとしても男の僕に痴漢をする人がいるなんて信じられません。
「たまたま僕のお尻に手が触れてしまっただけだと思いますよ?」
あんなに混んでいれば、身動き一つで手が触れてしまう場合だってあるはずです。
女性ならともかく僕は男ですし、それで痴漢と決めつけてしまうのは何だか可哀想な気がしました。
「だから離してあげて下さい。ね?瑠衣」
「……」
瑠衣は少し間をおいてから、オジサンから手を離しました。
解放されたオジサンは地面に手をついて咳こんでます。よほど苦しかったのでしょう…。
心配になり声をかけようと近寄ろうとしたら、瑠衣に腕を掴まれた阻まれました。
「お前、先行け。遅刻すんぞ」
「え、でも瑠衣は…?」
「……俺の勘違いで酷いことしちまったし。ちゃんと謝らないといけねーだろ?」
と、オジサンに視線を向けた瑠衣の瞳は、なぜか血走ってるように感じました。
「それなら僕も一緒に――」
「いいから行け」
「あっ、瑠衣っ」
丁度やって来た電車の中に放りこまれ、無残にも閉まってしまったドア。
瑠衣は無表情のまま、だけど僕に大丈夫だから心配すんなとでも言うように、コクリと頷きました。
僕はそれに安心して、笑顔で小さく手をふりました。
なぜか瑠衣に腕を掴まれた状態のオジサンから、すがるような目で見られてる気がしますけど…
大丈夫ですよ、優しい僕の弟は貴方に謝りたいだけですから。
「じゃあ先に行ってますね」
閉まってしまったドアの中からじゃ、外の瑠衣には聞こえないだろうけども、僕はそう告げて電車は走り始めました。
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