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まさか隣にいる人物が誘拐犯だとは知らない九音は、空の提案でなぜか電車に乗ることになった。
幼少の頃からどこへ行くにも運転手が着いていた九音にとっては、初めての経験である。
「使用人、なぜわざわざ電車に乗る必要があるのだ」
切符売り場で当然のようにPASMOをチャージしている空に、九音は腑に落ちない様子で訊いた。
「あんな高級車で行ったら嫌でも目立つだろうが。大事になったら困るんだよ」
「困る?」
なぜお前が。
まるで当事者のような空の口振りに、九音は首を傾げた。
でも、犯人の要求で自分一人で来いと言われているだけに、誰かに通報でもされて遊二の身に何かあったら困る、という意味合いなのかも知れないと思うことにした九音は、深く追及しなかった。
「よし、行くぞ」
「あぁ」
改札機をPASMOで通り抜けた空のあとに続こうとした九音だったが
ピンコーン・・
何も通さずに抜けようとしたため案の定、機械音と共に行く手を阻まれた。
「何だこれは。おい、どうにかしろ」
空はさも面倒臭そうな眼差しで九音を見詰めた。
「切符ちゃんと入れたのかよ」
「そんなもの知らん。使用人である貴様が事前に用意しておけ!」
改札機に挟まれながら偉そうに言う九音に、空は盛大に舌打ちをすると、一度改札を出て切符を買ってやり、九音にそれを渡した。
「ほら、これを入れれば通れっから」
「……」
九音は空に教えてもらった通りに、恐る恐る改札機に切符を入れた。
すると、さっきまで自分を妨害していた遮断機が引っ込み難なく通り抜けられた九音は、小さく「成る程…」と呟く。
「何が成る程…だ。非常識人め」
一番言われたくはない人間に非常識人呼ばわれされた挙げ句、若干モノマネまでされた九音は横目で空を睨みつけた。
もう一度言うが、九音はエベレスト級にプライドが高い。
「貴様またそういう口を――」
「あ、丁度電車来たみたいだ。九音走るぞ」
言い返している最中に邪魔されてしまった九音は仕方なく空に言われるまま階段を駆け上がり、電車へと飛び乗ったのだった。
その頃、二人が向かっている八巻港近くの倉庫では―――。
「ん……」
薄暗い倉庫の中心に転がるデカい芋虫が苦し気に呻く。
空と十夜の手によって布団です巻きにされた遊二である。
目を覚ました遊二は、自分の置かれた状況が全くわかってはいなかった。
薬を嗅がされたせいで頭がぼんやりするのだろう。
だが、知らない場所にいることは辛うじて理解した遊二は首だけを回し辺りを見渡した。
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