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「これに書いてあるだろう。犯人の狙いは俺だ。人質である遊二に手を出したら意味がない」

「……」

空は他人事のように淡々と話す九音に、苦々しく唇を噛んだ。

例え九音の言うように遊二が無事であっても、100%そうだといえる確証などない。
血の繋がった自分の弟が危険に晒されているというのに、なぜこうも冷静でいられるのか。

空は、九音に対して苛立ちを覚えた。


「お前、心配じゃねぇのかよ」

「心配?なぜ俺が」

「兄貴だろ。弟が誘拐されたんだぞ。心配すんのが当たり前だろーが。なのになんで、そんなに普通でいれんだよ」

「………」


空の言葉に、九音は表情を変えぬまま瞳を伏せ黙り込んだ。


そして静かに立ち上がると、鞄を手に部屋から出て行こうとする。が、通り過ぎる間際、空に腕を掴まれ足を止められた。


「どこ行くんだ」

「学校に決まってるだろ」

「……そうかよ」

空は怒鳴り散らしたくなる気持ちに耐え、舌打ちをすると九音の腕を離した。



「指定場所には俺が行く。それでいいな?」

「なぜだ…貴様はただの使用人。そこまでする義理はないだろう?」

「義理?俺はそうしたいからそうするだけだ。九音、テメェは本当はどうしたいんだ?」

「……この件については鴉間家直属の部隊に任す。俺が出て行っても、状況が悪化するだけだ」

「んなこと聞いてねぇんだよ!!」

空はついに九音の胸ぐらを乱暴に掴むと、声を張り上げた。

「……」

九音は、なぜ空がここまで怒りを露にするのか理解が出来なかった。
一使用人が口だしをして、一体何の特があるというんだ。


「どうすることが正しいのか悪いかなんて聞いてんじゃねぇ。俺は、テメェの心に聞いてんだ。九音、どうしたい?」


自分が、どうしたいのか…

そんな風に、考えたこともなかった。


そうか、と九音は冷静に空が持っていて自分に足りないものに気付いた。
先を読んで結果をだしてしまう自分とは違い、空は後先のことなど考えずその時の感情によって行動をする。


(だからこんなにも、必死になれるんだな)

なぜだか少しだけ、羨ましく思った。


九音は空の手をやんわりと離させると、眼鏡を押し上げて少しだけ自嘲気味に笑った。


(たまには、無茶なことをしてみるのもいいかも知れない)



「使用人、行くぞ」

「あ?どこだよ。学校は行かねぇぞ」

「わかっている。遊二のところだろう?」

「九音!」

「な、貴様っ」

空は目を輝かせると、喜びのあまり九音に抱き着いた。

いきなり飛び付いてきた小さい体に押し倒されそうになった九音は、慌てて受け身を取る。
そのため、自然と空を抱き止める形となってしまった。


「離れろ、使用人!」

必死に押し退けようとする九音だったが、空はそれに逆らうように更に腕に力をこめる。抱擁というより、最早締めに近い。

さすがに九音も苦悶に顔を歪ませる。

「んだよ。バグくらいでケチケチしてんじゃねぇよ」

お前はどこのエロオヤジだ。

「いいから早く離せ!俺に馴れ馴れしく触れるな!立場を弁えろ!」

「何言ってんだ。俺と九音の仲じゃねぇかよ。外国では家族同士でキスしたりすっだろーが」

「なっ!」

もしこれを誰かが聞いていたら確実に勘違いされるような台詞を平然と吐いた空に、九音は目を剥いた。

空はただ単に従兄弟という間柄をさして言っただけなのだが、それを知らない真面目な九音は、その言葉を間に受けてしまう。

(こいつ…もしかして俺のことを…?)

九音の脳内ではこう解釈されていた。
『俺と九音の仲〜』は、親密になりたいというサイン。『家族同士でキス〜』は、家族になりたい、つまり結婚したいという願望。


真面目さゆえの天然ほど怖いものはない。


読み通りならばかなり重い気持ちではあるが、実直な性格の九音からすれば、チャラチャラしている其処らの女よりはだいぶましに思えた。
ここまではっきりと、熱い思いを向けられるというのは、いっそ清々しいくらいだ。


「……」

上目遣い(背が小さいだけ)で屈託のない笑顔を自分に向けてくる空に、九音は乱暴に突き放すことも出来ず、手が不自然に宙を浮いたまましつこい締め技に耐えるしかなかったのだった。





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あきゅろす。
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