13
片桐の言葉に、パァと顔を明るくさせた空は、暫く「んー」と唸ったあと思い付いたようにポンッと手を叩いた。
「鮫ちゃん」
意外にも一番無難なのがでた。
サメルンやサメ吉に比べれば随分ましな名前に、片桐は即効頷いた。
「よし、そろそろおっ始めるとするか」
対峙する遊二と片桐。
空はクラウチングスタートの体勢に入る。
いつでも捕まえに行けるようにだ。目を瞑り「1､2､3､…」と数え始める。
「―――やれ」
片桐のその言葉が合図だった。
一斉に遊二、十夜、蓮城の三人に飛びかかって行く黒高生。
数では圧倒的に不利。
だが…
「ぐはっ、」
攻撃を難なく交わしカウンターパンチを鳩尾に入れながらもう一人に蹴りをお見舞いする遊二。
「うっ、」
軽い身のこなしで攻撃を避け、素早い動きで背後に回り手刀を喰らわせる十夜。
「ひぃいい！」
鋭い眼光を飛ばし、手も足もださせない蓮城。
三人一様だが、どれも常人技ではない。
「テメェら何簡単にやられてんだよ！」
次々に地に伏してゆく黒高生に、苛々と髪を掻き毟る片桐。
不甲斐ない下っ端の働きにやはり自分が、と喧嘩に参戦しようと足を踏み出した片桐の目の前に
「何のつもりだ、空。そこを退きやがれ！」
空が立ちはだかった。
空は怒りのこもった目で片桐を睨むと「なんの遊びだこれはぁああ！」と片桐に説明を求めた。
てっきり鬼ゴッコだと思い、やる気満々で20まで数えていた空だったが騒がしい周りの声にふと目を開けると、そこには拳をぶつけ合い時には血飛沫まで飛び散らしているといった惨状が広がっていたのだ。
仲間外れにされたような疎外感に、空は怒っていた。
「遊び？……そうだなぁ。どちらかが倒れるまで殺るゲームだ」
「倒れるまで……それは、倒したら勝ちってことか？」
「そうだ」
いつの間に鬼ゴッコからそんなものに変わったのかと首を捻る空だったが、片桐からルールを聞きすぐに気持ちを切り替えた。
低い姿勢で構え始めた空に
「空、何のつもりだ。お前の敵はあっちだろ？」
自分の目の前から退こうとしない空に、片桐は眉を寄せた。
空の背後では未だに乱闘が続き、呻き声やら怒声やらが入り交じり地獄絵図が広がっている。
その中で、遊二の「皆殺しだオラァアア」という悪魔のような雄叫びが、空の耳にも聞こえた。
(遊二楽しそうだなぁ…)
背を向けてるため遊二が般若のような顔つきで暴れてるとは知るよしもない空は、自分も早く遊びたくてウズウズしていた。
「倒せばが勝ちのゲームなんだろ？だったら、倒す奴は俺が決めていいんだよなぁ？」
「テメェ、俺に上等くれてんのか？」
「別に。鮫ちゃんが一番俺の近くにいるからさ」
「……」
(こいつ、まさか全て計算ずくだったのか…？)
片桐は目を細めた。
自分が一人になるのを見計らっていたかのような空の行動に、自嘲気味な笑いがもれる。
空をただのミジンコ(妥当な判断だ)だと思っていた片桐は食えねぇ奴だ、と考えを改めたのだった。
「空、怪我しても恨むなよ。逃げるなら今のうちだぜ？」
「逃げる？やっぱり鬼ゴッコな――うわっ！」
いきなり飛んできた片桐の右ストレートを類い稀な反射神経で避ける空。
片桐は完全に空を敵とみなしていた。
「あっぶねぇなぁあああ！」
痛いことが嫌いな空はもう少しで大怪我を負っていたかも知れない片桐の不意討ちに目をつり上げた。
「俺を倒すんだろ？かかってこいよ、チビ空」
「お前今小さくて見えねぇって言ったか？誰がミクロ人間じゃぁああ」
「……そこまで言ってねぇ」
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