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十夜は幾分落ち着きを取り戻した空を席に座らせると「まぁ、元気だして!」と肩を叩いた。
「男子校だってそう悪いことばかりじゃないよ。それに、空っちだって馴染んでくればあっちに染まるかも知れないし」
「あっちってどっちだよ」
不貞腐れたように口をつきだす空に、十夜はニヤリと笑うと声を潜めた。
「男もイケる側に」
「意味わかんねぇ」
首を傾げる空に、十夜は「じきにわかるよ」と言って、自分の席に戻って行った。
そんな十夜を何の気なしに見ていると、十夜が席についた途端、机を囲むようにして人だかりが出来、十夜の姿はすぐに見えなくなってしまった。
『十夜様、次はいつ抱いてくれますか?』
『ちょっと次は僕と約束してるんだよ!ね?十夜様?』
なんて破廉恥な会話がなされていることなど知らない空は『十夜って、随分と人気者なんだな』と思って、特に興味もないので視線を窓へと向けた。
「フーンッフンフー♪」
席順は名前順なため空は窓際の一番後ろ、なかなかの特等席に気分よく鼻歌を口ずさんでいると
「……そこ、違う」
低く凛とした声に空が前を向くと、前の席の人物がこちらを見据えていた。
寝起きなのか不機嫌そうでどこか気だるげな雰囲気をしている。
「何がだ」
「音程、少し、外れてた」
「あっそ、気をつける」
「……うん」
淡々と交わされる会話に、クラスメイトたちは珍しいものでも見るかのように目を見開いていた。
その原因は、空と話している男にある。
『蓮城さんが喋ってる…』
『あいつ絶対殺されるぞ』
『目を合わせるなよ、とばっちりくうぞ!』
皆一様に、怯えた表情で空たちを窺い見ていた。
「お前、名前は」
「蓮城 祐希(レンジョウユキ)」
「そうか。クマって呼んでいいか」
「え…」
190はあろうかという身長に惚れ惚れしてしまうほど逞しい体つきの男を見るなり、空は瞬時に“熊っぽいな”と思ったのでそのまま命名したのだった。
変なアダ名をつけられてしまった蓮城は戸惑いながらもコクリと頷く。
「俺は鷲尾空」
「空、…俺も何かアダ名つけたほうが、いい?」
「ヤダ。そのままでいい」
自分は勝手につけときながら何て横暴なのだろう。
だが、蓮城はそんな空に全く悪い気はしていなかった。
寧ろ…
(は、初めて…友達が…できた…)
とても喜んでいた。
蓮城祐希の名前は、十夜とは違った意味で学校内ではとても有名だった。
屈強ながたいに恐持てな容姿、それに無口なことも災いしてかありもしない噂が広まってしまい蓮城はいつしか黒豹、つまり遊二の次に危険な人物として認識されてしまっていたのだ。
そのせいで近づく者はおろか、声をかけてくる者すらいなくなってしまった。
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