18
五郎は昔からアホだった。
鴉間家次期当主は代々長男が受け継ぐという決まりがあったが、その決まりすら覆してしまうほど、アホ過ぎたのだ。
早々に見切りをつけた前代当主は、優秀な次男である一也を当主にすることに決めていた。
それをいいことに、アホ五郎は好き勝手に過ごしていた。
いい歳にもなって仕事もせず、というか何も出来ないのでプラプラしていた五郎だったがある日、運命的な出会いをする。
それが、後に妻となる『鷲尾泉(イズミ)』との出会いだ。
泉はとても世話好きな女だった。
何も出来ない五郎を時には叱り、時には優しさで包み込むという飴とムチを巧みに使いこなす女だった。
次第に惹かれあうようになっていった二人は結婚を決意し、前代の当主であった父、六郎(ロクロウ)に許しを貰いに行った。
しかし。
家柄や品格を重んじる厳格で堅物な六郎は、泉が一般家庭の娘であることを知ると猛反対した。
五郎はアホなりに苦渋の選択をした。
“駆け落ち”である。
鴉間の名を捨て、泉と、泉のお腹の中に宿る命と共に生きることを決めたのだった。
そして後に生まれたのが空だった。
それから家族三人、幸せに暮らしていくかに思われたが空を出産して間もなく、泉は病におかされ還らぬ人となる。
空と五郎の借金地獄の始まりだった。
数年後、六郎が亡くなり当主に就いた一也は今まで許されなかった五郎の捜索に乗り出した。
そして、泉の死と、自分に甥がいることを知る。
一也は考えた。
いきなり自分が押し掛けたらきっと五郎も空も困惑させてしまうだろう。
影ながら見て、幸せであればそれでいい…そう思った。
だが一也が見たものは、商店街の脇で疲れたのか地べたに座り込むスウェット姿の五郎と、借金取りから必死に逃げ惑う空の姿だった。
一也は言葉を無くした。
こんな生活をさせてちゃいけないと瞬時に思った。
たまたま五郎がお金を借りていた金融会社が、鴉間家が所有する小会社と知った一也は早速動きだす。
言い聞かせたところで自由を愛する五郎はきっと鴉間家に戻ることを拒むだろうと思った一也は、そう出来ないように手を回した。
一億の借金を肩代わりするかわりに、息子である空を引き取らせてくれと。
自分に甲斐性がないことを知ってか知らずか、五郎はその条件を飲んだのだった。
だが自分は鴉間家を捨てた身。
今さらノコノコ鴉間家の人間として戻ることは嫌だし、一般人の空に過去の自分のように堅苦しい生活をさせたくないと考えた五郎は、使用人として雇われることで了承したのだった。
『ということなんだけど、わかったかい?』
「大体」
あまりにも長い一也の話しに、空は途中からウトウトと眠りかけていた。
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