16
――――
家に帰ってきた遊二は、疲れたようにソファーにドカッと腰をおろした。
やはり空に関わるとろくなことがない、と溜息を吐き出す。
しかし、空の女装姿はそこそこ綺麗な女を見なれている遊二ですら、見惚れてしまうほどだった。
中身が男で、アホでなかったら、と思わずにはいられない。
そんなことをぼんやり考えていると
「遊二、今日の晩飯なにが食いたい?」
横からにょきっと現れたのは、素の姿に戻った空だった。
「あ?なんでんなこと俺に聞くんだよ」
「今日付き合ってくれた礼だ。お前の好きなもん作ってやるよ」
な?と薄っすらと微笑む空に、遊二は朝の時にも感じた胸の高鳴りに思わず目を逸らして、こんなことあってはならない、と自分に言い聞かせた。
「なんでも構わねぇよ…」
「俺の作った物なら何でもいいって?お前意外とキザだな」
「言ってねぇよ!」
やっぱりこいつといると調子が狂う、と遊二は頭を乱暴にかいた。
この自分が、誰かに振り回される日がくるなど予想もしていなかった。しかも、平凡顔の阿呆に。
「大体テメェ、俺にあんなことさせておいて晩飯だけでチャラにするつもりか?ふざけんなよ」
遊二は意地悪そうに笑うと、形勢逆転を狙うため動きだす。
立ち上がり、高圧的な視線で空を見下ろした。
そして無表情で見上げてくる空に、とどめとばかりに胸ぐらを掴むと顔を寄せて低い声で言い放った。
「二度と俺に構うんじゃねぇ。身の程をわきまえやがれ、クソ使用人」
誰もがすくんでしまいそうな凶悪な顔を目の前に、空はフゥと息を吐き出すと
「九音にも言ったが、俺は使用人だが、俺を雇ってるのは一也さんだ。だからテメェの言いなりになる義理はねぇ」
はっきりとそう言った空に、遊二の怒りは増す。
「うるせぇ!その減らず口叩けないようにしてやろうか」
「……やってみろよ」
好戦的な空に、遊二はバッと手を離すと間合いをとった。相手の技量が未知数だろうが、もうどうでもよかった。
今はただ、空をコテンパンにのすことしか、遊二の頭にはない。
(どうしよう…)
一触即発の雰囲気の中、それを隅のほうで傍観していた三貴はソフトクリームを手に身動きがとれずにいた。
というより、逃げたくても逃げられなかったのだ。
リビングを出るには二人の横を通りすぎなければならない。
「かかってこいよ」
余裕綽々でフンッと鼻で笑う遊二に、空は思考を巡らせていた。
というのも、身体能力に長けてはいる空であったが、喧嘩の経験などは一度もないため“かかってこい”と言われてもどうしたらいいのかわからなかった。
いきなり殴りかかったところで、喧嘩慣れしていそうな遊二に返り討ちに遭うだけだろう。
基本的に痛いのが嫌いな空は、それは御免だとばかりに動くことを躊躇っていた。
(涼しい顔しやがって。俺相手に構える必要もねぇってことかよ…)
そんな空を大いに勘違いしている遊二は、警戒を強め迂闊に踏み込めずにいた。
なかなか動かない両者。
「どうした。今さら怖じ気づいたのかよ」
「いや、別に」
遊二は更に煽ってみたが、空に動く気配はない。
動けば怪我をすると本能的にわかっている空は、絶対に動かないと決めていた。
思いきってしかけてみるか、と一歩足を踏み出そうとした遊二だったが、その前に空の右手があがりピタリと足を止めた。
「あ、付け睫毛つけっぱなしだった。どうりでゴワゴワすると思ったぜ」
「……」
こんな状況にも関わらずとり忘れてた付け睫毛を剥がしている空。
たったそれだけのことだったのに、勘繰ってビクついた自分を恥じる遊二。
「………」
「………」
無言で睨み合うこと数十分。
お互いそろそろ疲れ始めたときだった。
〜〜♪
場違いなメロディが流れ始める。
ちゃーらーへっちゃらー
某アニメ(ドラ●ンボール)のテーマ曲だ。
それに反応した空は、ズボンのポケットから携帯を取り出すと、通話ボタンを押して耳にあてがった。
「もしもーし」
平然と携帯に出た空に、もはや気分が削がれてしまった遊二は舌打ちをすると、再戦を心に決めリビングから出て行った。
二人が乱闘せずに済んだことに、傍らで傍観していた三貴はほっと胸を撫でおろす。手にしていたソフトクリームはもはや原型を留めていないほど溶けてしまっていた。
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