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悲劇のヒロイン気取りの憎たらしい顔を殴ってやりたい衝動に、遊二はグッと堪えた。
こんな大衆の面前で暴力をふるったとなれば騒ぎになりかねない。

たった一言、アイシテルの五文字でこのくだらない茶番が終わるなら、と意を決して口を開く。

「あ、あ、…愛……チッ」

生まれてこのかた愛の言葉など囁いた事のない俺様遊二には、やはり荷が重かったらしい。最後まで発せられることなく舌打ちに終わる。

昼ドラのような展開に固唾を飲んで見守る観客たちは愛の言葉を言ってもらえない妻、空に同情的な視線を送った。

そんな視線を受けながらも、この状況の発端である張本人の空は、既にこの猿芝居に飽きてきていた。

ふと教室を見渡したあと

「三貴ー帰ろーぜ」

何事もなかったかのように、帰り支度を終えていた三貴に声をかける空。
全員が心の中で「え?」と思った瞬間だった。

名前を呼ばれた三貴は戸惑いながらも空に近付いて行き、担任とクラスメイトたちに向けて「さようなら」とお辞儀をすると、空と手を繋いで教室から出て行った。


「待てこら、クソ使用人!」

存在を忘れられ取り残されそうになった遊二も慌ててそのあとを追う。

使用人、という言葉に全員が『あの男サイテー』と思ったのは言うまでもない。
いつも穏やかな笑みで優しい先生だと評判の牧瀬ですら、珍しく憎々しい顔つきで教室のドアを見つめていた。自分の一目惚れの相手である美しき人が、傍若無人な夫に使用人扱いされている事実に腹が煮えくり返る思いで。


(……僕が、あの人を助けてあげなくちゃ!)

牧瀬はそう固く決意したのだった。




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