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「それで、遊二に付き合ってほしいところって?」
項垂れる遊二に代わって十夜が空に聞く。
「三貴の授業参観、父親役」
「んん?空っち、授業参観はわかるけど父親役って?遊二が父親役なら空っちは何役なの?」
何だか楽しくなってきた十夜はニヤニヤした顔つきで空に詰め寄った。
項垂れながら話を聞いていた遊二もさすがに顔をあげる。
「母親役に決まってるだろう」
「ぶはぁっ」
そう真顔で言う空に、思わず十夜は吹き出した。
腹を抱えてぎゃははと笑う十夜に、なぜ笑われているのかわからない空だったがバカにされている事は何となくわかり口をへの字に曲げる。
「何がそんなに可笑しいんだ」
空はこう考えていた。
三貴は父親である一也にきてほしい、しかし一也は来れない。自分が父親の代わりに行く、つまり一也(父親)役として行けば三貴も喜ぶ。
更に母親も加われば尚更…
しかし大人の都合で鴉間家に母親はいない。
だったら自分が…駄目だ一人二役はこなせない。
そこで白羽の矢が立ったのが遊二というわけだ。
「いや、だって、どう見ても遊二じゃ父親には見えないでしょ。それに空っちだってどう見ても男じゃんか」
もっともな指摘を十夜がすると、空は顎に手をそえ「策は考えてある」と自慢気に言った。
嫌な予感が遊二の脳裏に浮かぶ。
「おい待て。俺は行くなんて一言も言ってねぇぞ」
そう牽制すると、空は目をカッと見開き驚愕の表情を浮かべた。
「嘘だろ…」
「嘘なわけあるか。そんなアホなこと聞いちゃ尚更嫌だね」
「じゃあ十夜」
「あ、やっば遅刻しちゃう!行ってきまーす」
標的が自分に回ってきたところで十夜はさっさと学校へ向かって行った。
空はチッ、と舌打ちすると再度遊二へと向き直る。
「というわけで、」
「何がというわけで、だ!俺は絶っ対に行かねぇからな!」
「そんな我が儘言うんじゃねぇよ」
「うっぜっ!大体、お前一人で行けばいいだろーが」
「一人二役はこなせないだろ」
「知るか、んなこと!」
なかなか折れない遊二に、空はハァと息を吐き出した。
やっと諦めたかと遊二が安堵すると
「わかった、譲歩してやるよ。テメェが母親役やれ」
「何でそうなる!」
「一度は女装をしてみたいという俺の密かな夢を捨てて譲ってやるんだ、有り難く思え」
「思えるかっ!」
堪らず遊二が声を張り上げ立ち上がる。
空は焦れったそうに下唇を噛むとじっと遊二を見上げた。
なぜかその瞳はしっとりと潤み…
「っ、」
物欲しそうなその瞳に、遊二の心臓がドキリと跳ねた。
(あり得ねぇ…)
遊二は心底落ち込んだ。
まさか平凡顔で尚且つアホな使用人にときめいてしまうなんて、と。
これは何かの間違いだとかぶりを振って改めて空を見据える。
「遊二…」
吐息をもらすように名前を呼ばれ、遊二は全身の体温があがっていくのを感じた。
このままじゃこいつに呑まれる、そんな危機感を感じ取った遊二の口から漏れた言葉は
「わ、わかっ…た」
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