僕は君の背を見てる
「ホワイトさんったら酷いのよ」
ああ、イライラする
「そういえばホワイトさんが」
お前は、アイツのことばかりだな
「ホワイトさん」
うざってぇ……
*―*―*―*―*
「ブラックさん……?」
かすれた自分の声が遠くに聞こえる。
見開いた目の先には、この身体を押し倒した彼がいた。
見下ろす視線が痛い。
「どう、したのよ」
あまりに真剣な表情をするものだから、困惑してしまう。
普段の憎まれ口はどこへいったのよ。黙って見るだけなんてらしくない。
自分の心音だけが、耳に煩く響いた。
「……俺が」
長い沈黙を経て口を開いた彼は、有り得ないほど静かに呟く。
え、と疑問が声になった。
眉根を寄せた彼の苦しげな表情が目に映る。
一体何を、そう思った途端、
「俺がお前を好きだって言ったら……どうする」
言葉に詰まった。
いつもいつもからかってきて、ガキ呼ばわりされて。
……それはそれで、確かに楽しかったのだけれど。
――彼が、私を、好き?
混乱している内に、彼の顔が間近に迫っていた。このまま抵抗しなければどうなってしまうのだろう。
ふと同じ顔のもう一人が浮かんで、頭に熱がのぼった。
似ているけれど、似ていない二人。
二人を見分けられるようになってから、彼らを比べることはなくなっていた。いや、比べられなくなっていた。
どうしてこんな時になって思い浮かぶのよ……!
真っ赤になった私をどう思ったか、彼は頬に手を添えゆっくりと顔の角度を変えてきた。
「……ッ」
耐えきれずに目を瞑る。ぎゅう、と過剰なほど閉じた瞼に吐息がかかって、声にならない悲鳴が漏れた。
こわい。
初めて彼を『怖い』と思った。
少なくとも私は、友達だと思っていたのに。
じわりと涙が滲んで、ただ来るはずの感触を待つしかできない。
息をすることも忘れそうな緊張が身体を包んだ。
すると、
固く鋭い音と共に、額を衝撃が襲った。
「ッたぁ……!」
そこを押さえながら瞼を上げる。
元々涙目だったが、これで本格的に涙が流れた。
それを見て、強烈なでこぴんを放った彼は楽しげに笑う。
「なに本気にしてんだよ。嘘に決まってんだろ、ばーか」
ケケッと小馬鹿にした笑い声が響いた。
「なっ……!」
ぱくぱくと口を開閉させて、彼を見上げる。
嘘って……。
「んだよ、アホ面で見つめやがって。俺に惚れたか?」
「そんな訳ないでしょう! 誰があなたなんかに」
「おーおー、そりゃあ残念だ」
「思ってない癖に!」
押し倒す体勢のままで舌戦を繰り広げる私たち。一般的には、まだ安心できる状況では無いのだろう。
しかし私は、このいつものやりとりに安堵していた。
嘘。嘘か……。
内心ほっと胸を撫で下ろす。言い争っている筈なのに笑顔が零れた。
彼は突然笑った私に面食らったようだったが、呆れた苦笑を漏らし流れた涙を拭ってくれる。
その優しい手付きもらしくない。
やはり、ここにはいない『彼』を思い出した。
「さて。お嬢ちゃんもからかったし、俺はそろそろ帰るぜ」
暫くして唐突に切り出した彼は、身を起こすと軽く伸びをした。
「あっ、ちょっと待って」
ハッとして慌てて呼び止める。彼を呼んだ理由を忘れるところだった。
戸棚から可愛らしい包装が施された小箱を取り出し、彼に差し出す。
驚いた顔でこちらを見る彼に、にこりと微笑んだ。
「ハッピーバレンタイン」
お世話になっているから、お礼の気持ちを込めて手作りしたチョコレート。渡さない訳にはいかない。
まだ驚いているのか、彼は中々受け取ろうとはしなかった。
じっと待っていたが、気恥ずかしさからなんだか焦れてくる。
結局、彼の手に押し付けるように箱を渡した。
だが、
「……いらねえ」
箱を机に置いてすっと立ち上がった彼は、そのまま部屋の出口へと向かう。茫然とした表情で彼の背を見つめた。
贈り物を拒否されて悲しいというのもある。
だが何よりも、彼がそんな風に好意を蔑ろにしたことが信じられなかった。
自惚れではなく、好かれていると思っていたから。
どうして?
問いたいのに、答えを聞くのが怖かった。箱と彼とを交互に見やる。
やがて彼は扉に辿り着き、ノブに手をかけた。
行ってしまう。
胸を締め付けられるような焦りが身を包むが、やはり見つめるしか出来ない。
思わず俯いて、服の裾をぎゅっと握りしめた。
「……おい」
「えっなっ何?」
声をかけられるとは思っていなかった。上擦った言葉に顔が火照る。
驚く私に背を向けたまま、彼は微かに聞こえる程度の声で呟く。
「……そういうもんは、本命だけに渡しゃあいいんだよ」
「え」
「それから!」
急に大きくなる声。一瞬身体が跳ねる。
彼は顔だけをこちらへ向け、言った。
「いくらがきんちょでも、男を軽々しく部屋に呼ぶんじゃねぇ」
襲われても知らねえからな。
捨て台詞のように言い放ち、彼は部屋を出て行った。
後に残された私は、どくどくと鳴る心臓を押さえるのに必死だ。
本当に、らしくない。
彼も、私も。
戸棚からもう一つの箱を取り出す。
さっき彼に渡そうとした物よりも、少しばかり気合いの入った包装。
所謂、本命チョコというもの。
「ちゃんと、渡そう」
きゅ、と箱を抱きしめて、もう一人の『彼』を想う。
彼には気付かれていたのだ。
本命が居ること。
きっと、その相手も。
手早く身支度を整えて、私は出掛けることにした。
片手に提げたバッグからは、ふわふわと深紅のリボンがはためいている。
――おわり
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