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並木道の攻防


 夕暮れ時の静かな並木道。
 そんな場所で、不釣り合いな『音』をたてている者たちがいた。

「追いかけて来ないで!」

 先導する少女が叫ぶ。

「これ以上付いて来るならストーカーの被害届を出すわよ!」

 息を切らせて走り続ける少女――アリスに、後方から楽しげな声が届いた。

「俺は話をしたいだけだよ。どうして逃げるのかなあ」

 声の主――ジョーカーは、微かに笑いながら、息が乱れる気配も見せずにアリスを追いかけている。



 この奇妙な追いかけっこ。実は数週間前から毎日のように、この時間、この場所で起こっていた。
 周囲にも人は居るものの、慣れてしまったのか反応は薄い。

(いつも待ち伏せして……! なんなのよっ)

 力の入らなくなってきた足を叱咤して、アリスは全速力で逃げていた。
 そこへ、ふとよく知っている姿を見つけ走り寄る。

「ブラックさん!」
「あぁ?」
「助けて!」
「おわっ!?」

 勢い余って彼――これまたジョーカーという――に飛びついた。すぐさま背後に隠れる。
 アリスはもう、体力の限界だった。

「どうしてジョーカーは良くて俺は駄目なのかなあ」

 ずるいよ、そう言いつつ追いかけていた方のジョーカー――ホワイトさんと呼ばれている――は肩を竦めた。

「んだよ、いきなり抱き付いて来たと思ったらコイツ絡みか。つまんねぇな」
「それは俺の台詞だよジョーカー。どうせなら俺に抱き付いてくれたらいいのに」

 アリスが息を整えている間、二人は好き勝手に言い合っている。流石に腹が立ってきた。
 今すぐ怒鳴り散らしたいが、全力疾走の挙げ句力一杯叫んでいた所為で、未だに荒く呼吸を繰り返す。
 必然的に、ブラックさんへしがみつくような体勢になっていた。

「っ……はぁ」
「おい。お前誘ってんのか?」
「は?」
「そんなに無い胸押し付けてよ」
「!?」

 カッと顔に熱が集まる。即座に離れようと足を動かした。

「っあ!」

 だが疲れ切った身体は思うように動かない。ふらりとよろけてしまう。
 倒れる!
 思って、身体を強ばらせた。

(あれ?)

 いつまで経っても襲ってくる気配のない衝撃。
 うっすらと目を開けると、頭上から声が聞こえた。

「ふふ、ジョーカーは酷いな。この子の胸、可愛いじゃないか」

 傾いだ身体を支え、ホワイトさんはとんでもないことを口走った。

「なっ……なん……」

 それはつまり小さいと言っているのか。
 アリスは彼から逃げていたことも忘れて、ホワイトさんを見上げた。開いた口が塞がらないとはこのことだ。

「可愛い、ねぇ……」

 ブラックさんは上から下まで観察するように眺めると

「俺には物足りないようにしか見えねぇ」

 けけっ、と小馬鹿にした笑い声をあげた。

「なんですって……!」

 流石にここまで言われて黙っては居られない。やっと戻ってきた気力を振り絞って叫んだ。

「これでも脱いだらそれなりに……っ!」

 言ってしまってからハッとする。そうだ。ここは外だった。
 慌てて辺りを見回すが、もう大分暗くなった道には人の姿は見当たらない。安堵に胸を撫で下ろすアリス。
 しかし

「ほぉ……言うじゃねぇか」
「ちょっと確かめてみようか、ジョーカー」
「ここでか? くく……相変わらず悪趣味だな、ジョーカー」
「ジョーカーこそ。嫌いじゃないだろ、こういうの」
「さぁな」

 一番質の悪い二人は、アリスの言葉をしっかりと聞いていた。

「ちょ、ちょっと……! なにする気よ!」
「なにって……解らない?」
「解らないし解りたくもない!」
「それを『解ってる』って言うんだろうが」
「きゃ、触らないでよ!」

 彼らの腕の中で最後の抵抗を試みる。だがすぐさま木陰へと連れ込まれてしまった。そのまま一本の木に押し付けられる。

「おら、観念しやがれ」
「ジョーカーが乱暴でごめんね? でもせっかくだし、君も楽しんでよ」

 違う笑みを浮かべる二つの同じ顔に挟まれて、アリスは諦めることにした。

「アリス……」

 吐息混じりに囁いたのはどちらだったのか。
 底無しの沼に沈もうとするアリスには、もう解らない。





  おわり



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