下拵えは入念に
突然シャンパンと思われる飲み物を口移しで飲まされて、アリスはジョーカーを睨みつける。炭酸が喉に引っかかったのか、軽く咳き込みながら不満の声をあげた。
「……っ。な、に……するのよ……っ」
「ん? 何って、魔法の液体を飲ませてあげたんだよ」
全く悪びれる様子もなくにこにこと言う道化に一撃くれてやろうかと、アリスが深呼吸をした時。
「ねぇ、身体の具合はどう?」
突然問われて、は? と間の抜けた声を出してしまった。機嫌はすこぶる悪いが、特に体調を崩している覚えはない。それとも具合が悪いように見えているのだろうか。
困惑を隠せずに見詰めれば、口元を更に弛ませたジョーカーが一歩一歩アリスに近付く。アリスは思わず後ずさった。
「身体、熱くなっていない?」
「か、風邪なんてひいていないわ」
「ふふ、違うよ」
いつの間にか壁際へ追い詰められていた。やんわりと、しかし確実に身動きを封じられる。
「さっき飲ませてあげたアレ…」
そこで一度意味深に区切ったと思えば、耳元に顔を寄せて囁いた。
「媚薬なんだよ。アリス」
聞いた途端に、身体中血液が沸騰したかと思うほど熱くなった。媚薬という言葉が脳内で反響する。
ジョーカーは未だ耳元で楽しそうに笑んでいた。その吐息のくすぐったさに身震いする。これが媚薬の効き目なのかと、アリスは知らず熱い息を漏らした。
「もう効いてきたのかな? 可愛いよ、アリス」
ジョーカーの腕が腰を抱き寄せてきた。そして、腰から背中にかけてをなで上げられる。びくりと反応し、咄嗟にジョーカーへとしがみついてしまった。
「アリス」
熱っぽい、吐息混じりの声。名前を呼ばれただけなのに、それだけで頬が火照る。しがみついたままの顔が上げられない。
この間もジョーカーの手は器用にアリスの身体を這い回り、エプロンドレスをゆっくりと剥ぐ。焦らされている気がして、羞恥心が募った。
「……ねぇ、アリス」
素肌を合わせてゆく最中、不意に普段の調子に戻った声色に過剰に反応してしまった。胸元から顔を上げると、意地の悪い表情が目に入る。嫌な予感がした。
「本当は、媚薬なんて盛っていないんだよ」
アリスは驚きに目を見開く。
「と、いうことは。君は君の意志で、俺に抱かれているってことだよね」
「ち、ちが…」
衝撃的な事実に血の気が引くものの、高ぶった身体は簡単には冷えてくれない。
額に、瞼に、落とされる口付け。そうして一度唇を奪ってから、また耳元へ言葉を落とした。
「ふふ……。期待、してくれた?」
耳に直接響く笑みを含んだ声に、アリスは悟った。
――もう、逃げられない。
おわり
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