至福の時[猫・三月ウサギ・ネズミ]
「アリスー、いる? って…… え」
それはボリスにとって、予想外且つ衝撃的な出来事だったのだ。
――遡ること一時間帯前。
会合も終わって更に暇になったボリスは、塔の中をぶらつきながら楽しいことがないか考えていた。
友達の双子は彼らのボスに付いていってしまったし、ネズミはいつの間にか消えていた。
つまらない。
「……あ! アリスと遊ぼう!」
何故最初に思い付かなかったんだろうと、少し浮かれながらその辺の扉に向かった。
扉を開ければ目的地。
チェシャ猫ボリス=エレイの、空間を切り張りする能力だ。
「アリスー、いる? って…… え」
アリスの部屋を覗いた途端、ボリスは珍しく固まった。
何故なら……
「アリス〜気持ちいいぜ〜」
「私も気持ちいいわ」
アリスと一緒に居たのは帽子屋のNo.2。
そしてそのNo.2さんは、ベッドに腰掛けたアリスの膝に頭を乗せてくつろいでいた。
要するに膝枕だ。
「……アリス」
「あら、ボリス」
呼びかけて他者の存在を気付かせても、アリスは膝枕を止めなかった。
アリスはこういう場面を見られて平気なんだっけ?
この部屋には常のアリスが苦手とする、甘ったる〜い雰囲気が流れているのだが。
「……ほぅ」
「……溜め息まで甘いんだけど、平気なの? アリス」
「こうしてるとそういうの全部どうでもよくなるのよ……」
そう言うアリスの表情は恍惚としている。
見るとアリスの左手はエリオットの耳を撫でていた。
撫でる度に新たな溜め息が漏れる。
アリスはかわいい動物が大好きなのだった。
(あ〜、かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい)
ボリスは夢魔ではないが、今のアリスの心情は手に取るように読み取れた。
うっとりと耳を撫でるアリスの手に、これまたうっとりしつつ目を閉じるエリオット。
一人蚊帳の外なボリスは、なんだかこのウサギが妙に羨ましくなった。
ベッドに乗りごろんと寝転ぶと、アリスを見上げて言う。
「ねえアリス。そんなウサギばっかり構ってないで、俺にも膝枕してよ」
「……そうねぇ」
色気たっぷりに言ったつもりが、悦に入っているアリスには全く効果がない。
耳に集中しきっていて上の空だ。
むっとして、ボリスが更に何事か喋ろうと口を開く。
「アリ」
「あっ! エリーちゃんいいなー。 アリス、俺にも俺にも!」
ボリスの声を遮って、ぴょこっとアリスの肩口に顔を覗かせたのは、眠りネズミのピアス=ヴィリエ。
さっきは探しても居なかったが、いつの間にか帰ってきていたらしい。
ボリスは更にむっとする。
「おいピアス」
「え……。 ぴっ! ね、ねこ……っ!」
「アリスの膝は俺が予約済みなの。 ネズミは引っ込んでな」
途端にびくびくと怯えるピアスを、追いかけ回したい衝動に駆られた。
しかし今部屋から出て、エリオットにアリスを独占させるのも癪なために我慢する。
「……なあ、アリスって猫が一番好きなんじゃなかった?」
大きな溜め息と共に吐き出した言葉は、やはりアリスには届いて居ないようだった。
終わり
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