おいしい、くやしい、いとしい
「ねぇ、ポッキーゲームしましょうよ」
「はぁ?」
アリスは、手にポッキーを持ちながら上機嫌に笑った。
――――――――――
ソファに並んで寛ぐ時間。二人でいる時にはお決まりのパターンになっている。
だが、今日はいつもと違うことをすると、アリスは決めていた。
「……お前、頭おかしくなったのか?」
「せっかく今日は11月11日だから、たまにはお菓子業界の戦略に乗ってやろうと思って」
そう言ってポッキーを一本差し出すと、ジョーカーは信じられないという顔を向けてきた。
コイツこんなキャラだっけ?と、そういう風に思っていそうだ。
仮に思っていたとして、その疑問は当然だろう。普段はこういったお遊びには絶対に付き合わないのが、アリスという女だった。
「もう、早く咥えなさいよ」
ゲームが始まらないじゃない、と急かす。だが困惑したジョーカーが中々口を開けない為、段々と焦れてきた。
仕方なく、アリスは自分からポッキーを咥える。
それを見たジョーカーは、急に大声を上げてアリスの腕を掴んだ。
「おい!」
「ふぇ?」
ポッキーを咥えたまま喋ったためか、おかしな声が出た。少々赤面してしまう。
「なっ、何よ、いきなり…!」
「……てめぇ」
本気で怒っているように力のこもった視線が注がれる。
そこまで怒ることをした覚えはない。今度はアリスが困惑する番だった。
怯え一歩手前の表情を見せるアリスに気付いているのかいないのか。ジョーカーは一つ息を吸うと、勢いよく言い放った。
「てめぇ何でチョコの方から食べてんだ!」
一瞬、時が止まった気がした。
「……は?」
「俺様のチョコを取りやがって……覚悟はできてんだろうな」
唖然としている間に、ジョーカーに顎を掴まれて上向かせられていた。なんとなく危機感を感じて、アリスは慌てる。
え、あれ? この人ポッキーゲームに乗り気じゃなかったんじゃないの?
疑問に思ったが、とても聞ける雰囲気ではない。
そうこうしている内に、話すために口から離していたポッキーが奪われて、また咥えさせられる。
「むぐ!?」
アリスは目を白黒させた。
ポッキーに気を取られていたが、ジョーカーの顔も間近に迫っていることに気付く。勝手にポッキーゲームを始めているようだ。
急な展開に、顔が火照って仕方ない。
普段から不意打ちに甘い雰囲気を持ってくるジョーカーに、意趣返しとして今回のことを画策したはずだったのに。
いつの間にか、いつものペースに持ちこまれてしまっている。
混乱したアリスがポッキーを食べ進められるはずがなく、そして離れられるはずもない。あっという間にジョーカーと唇が触れ合った。すぐに口をこじ開けられて、口内が荒らされてゆく。
「っ……ん、ぅ」
「……は」
いつもと比べて短い時間で唇が離れた。なんとなく寂しい気がして、潤んだ目でジョーカーを見上げる。
しかし即座に、これでは強請っているようだと気付いて頬を染めた。
「……俺の勝ちだな」
意地の悪い顔でにやにやと言うのが憎らしい。
「っ、急に始めるなんて卑怯よ!」
「あぁ? 急に始めちゃいけねえルールでもあんのかよ」
「そんなルールないけど、これじゃ不公平だわ!」
照れてしまった勢いで捲し立てる。それにジョーカーは同じく喧嘩腰で応じた。
未だ二人の距離は唇を離したままの位置。かかる吐息を意識して、アリスの顔は更に色付く。
「なんだお前、照れてんのか?」
「照れてないわよ!」
赤い顔をからかわれてしまうと、もう何を言っても悪あがきにしかならない気がした。抗議を諦めて大きくため息を吐く。
もう、勝てる気がしなくて悔しい。
「ま、偶にはこういう食べ方もいいな」
え?と俯き加減だった顔を上げてみる。
ジョーカーは袋に残っていたポッキーをくるくると回していた。
「美味かったぜ?」
「……っ!」
流し目で言われて、思わず心臓が高鳴る。耳に直接心臓が当たっているように鼓動がうるさい。きっとこの頬は、先ほどに輪をかけて茹で上がっているだろう。
恥ずかしさから絶句しているアリスを見て、ジョーカーが耐えきれないという風に笑い出した。
アリスは呆気にとられて、ジョーカーを見つめるしかできない。
一頻り笑って落ち着いたらしい彼が、腰を抱き寄せて耳元で囁いた。
「何考えてんだよ。ポッキーのことに決まってんだろ、ばーか」
血液が逆流したのではないかというほどに、激しく脈打つ心臓。
固まってしまったアリスの耳へ、喉で笑う様子が伝わった途端に、アリスは力いっぱい叫んだ。
「っこの、馬鹿ジョーカーッ!」
おわり。
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