休暇[三月ウサギ]
「えー、これにて閉会です」
いつも通り歯切れの悪い口上で締めくくられた会合。
それを待ち構えていた者たちが、我先にと会場から出て行った。
「お嬢さん」
見上げるとそこには帽子屋屋敷の主、ブラッド=デュプレの姿があった。
会合期間中はクローバーの塔で寝泊まりしている私だが、普段はその屋敷に滞在している。
「私はこれから少々仕事がある。お先に失礼するよ」
「ええ」
帽子屋ファミリーというマフィアを仕切る、ブラッドの仕事。
ろくでもないことに決まっているのだけど……
いちいち気にしていては身が持たないと気付いてからは、あまり深く考えないようにしている。
軽く返事をして見送った。
「アリスっ」
「きゃあ!」
突然背後から抱きつかれて、思わず悲鳴を上げてしまった。
横を見ると、ふわふわのウサギ耳がこれ見よがしに揺れている。
その耳を、これまた思わず鷲掴みにしてしまった。
「いっ…! いてててて! アリスっ、いてぇって!」
「……はっ! ごめんなさい、びっくりしてつい……」
「ひでぇよ……」
しゅん…と耳を垂らして落ち込む姿も可愛い。
また耳に手を伸ばしたくなるが、流石に我慢した。
このガタイの良い割に可愛いお兄さんは、こう見えても帽子屋ファミリーNo.2であるエリオット=マーチ。
街では恐れられるマフィアだが、心を許した相手には心底甘い男だった。
多分私とブラッド以外じゃ、耳どころか髪の毛一本触れない。
「アリス、忘れた頃にそれやるよな…… 質が悪いぜ……」
「人を悪戯好きみたいに言わないでよ。 これでも我慢してるのよ?」
我慢って……と耳を垂らしてぼやく姿は、威厳も何もあったもんじゃない。
でもそんなところがかわいいと、不意に伸ばしそうになる腕を抑えながら思った。
「そういえばブラッドは仕事に行っちゃったけど、あなたはいいの?」
はた、と気付いて聞いてみる。
ブラッドを尊敬して止まないこの男は、屋敷の誰よりも働き者(仕事内容はこの際無視する)。
直接仕事をする訳では無くとも、護衛としてついて行くことも多いのだ。
「ああ。 俺、次の次の次の夜まで休みなんだ」
にこにこと満面の笑みで答えられる。
「今回の仕事は俺らが出向くような件じゃねぇからな」
「そうなんだ……」
現場担当の彼が出ないということは、恐らく話し合いや取引の類なんだろう。
逆にエリオットが出向くということは……
……やっぱり深く考えるのは止そう。
そんな風に一人で気分を下げていた所為か、距離を詰められたことに気付かなかった。
突然大きな声と共に肩を掴まれる。
「という訳でアリス!」
「きゃ…!」
「アリスも暫く休みだろ? 一緒に休もうぜ」
なにやら妙に瞳が輝いている気がしたが、こくこくと頷いた。
視線の先にはぴょこんと伸びた耳。
私も動物には甘いのだ。
終わり
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