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お説教[公園]



「おはようございます」

「……」



最初は、なんて無愛想な人なんだろうと思った。






 ―――――――






アリスがクローバー高校に入学した頃、ジョーカーさんという警察官が交番にやってきた。
公園にいる大道芸人さんもジョーカーと言うけれど、兄弟なのかしら。
そう思って大道芸人さんに尋ねたアリスだったが、



「君がそう思うなら、そうかも知れないね」



笑ってはぐらかされてしまった。
仕方ないので、アリスは個人的に呼び名を決めた。

大道芸人のジョーカーさんはホワイトさん。
警察官のジョーカーさんはブラックさん。

一応本人達に伝えてみたが、ホワイトさんには苦笑され、ブラックさんに至ってはセンスがないとまで言われてしまった。
それがなんだか悔しくて、アリスは



「私が個人的に呼ぶだけなんだから、センスなんていらないの!」



……と、押し切った。
言い放ってから笑われたのが、やはり癪ではあったが。






それから早くも一年が経過したある日。
いつものように喫茶店に顔を出した帰りのことだった。



「あら?」



公園の方から子供の泣く声が聞こえてくる。それも、どうやら複数だ。
転んで怪我でもしていたら大変だわ、そう思ったアリスは、急いで横断歩道を渡っていった。



「だから謝れって言ってんだろうが!」



しかし公園に足を踏み入れた途端に、嫌な声を聞いた気がする。
アリスの足取りは目に見えて重くなった。
ちらりと覗いて見れば、やはりそこには思った通りの人物。



「ブラックさん……」



細かい内容は聞き取れないが、ブラックさんが怒っていることと、子供が泣いていることは解る。
これで怒っているのが別の人なら、何か理由があって怒っているのだと思うはずだが……


アリスが思うブラックさんのイメージは、そんなに綺麗なものではなかった。



「ブラックさん!」

「あぁ!? なんだよがきん……ちょ!」



ブン

ブラックさんの頬を大きな物体が掠る。
なんと、アリスが学校指定の鞄を振り上げたのだ。
教科書や辞書などが入っている、それなりに重い鞄を、顔に向かって思いっきり。



「……ッな、にすんだ!」

「それはこっちの台詞よ! あなた何子供泣かせてるの!」



アリスは怒り心頭な様子でブラックさんに詰め寄った。
子供が好きなアリスには、短気なブラックさんが一方的に怒鳴っているように見えているのだ。
その剣幕に一瞬たじろいだブラックさんだが、すぐに気を取り直してアリスを睨む。



「俺は泣かせてねえよ! ガキ共が勝手に泣いただけだ!」

「そんな訳ないでしょう! どこからどう見てもあなたの所為で泣いてるわ!」

「悪戯注意しただけで泣く奴が悪い!」

「言い方に問題があるんじゃないの!?」



なんだと!? なによ!

押し問答と泣き声が公園に響く。
しばらく言い争っていると、そこへ足音が近付いてきた。



「君たち何してるの? 凄い剣幕で見つめ合っちゃって、仲が良いね」



現れたのはホワイトさんだった。
いいなあ、俺も仲間に入れてよ等とのたまい、アリスとブラックさんの前に歩み寄る。
ブラックさんは、嫌なところを見られたと言わんばかりの苦い顔でホワイトさんを見た。
その表情と泣いている子供たちを見て、ホワイトさんは苦笑する。



「ああ、ジョーカーがまた子供を泣かせてたのか」

「えっ! 『また』!?」



アリスは驚きで声を上げた。

『また』って何。前にも泣かせてたってこと? 信じられない、子供泣かせるなんて。

アリスの不信感のメーターは完全に吹っ切れてしまった。
先程までよりも強い調子でブラックさんに詰め寄る。
すると、はぁ、と重い溜め息を吐いてから、ブラックさんはホワイトさんに向かって話しかけた。



「おい、ジョーカー。そのガキ共何とかしとけ」

「君はどうする気?」

「町内の見回りだ」



やれやれといった風情のホワイトさんを尻目に、ブラックさんは公園の出口へ向かおうとした。



「ちょっと! 待ちなさいよ!」



まだ話は終わってないと、アリスはブラックさんの服を掴んだ。
億劫そうに振り返ったブラックさんは、訝るアリスに不敵な笑みを見せる。



「俺を引き留めるなら、もう少し色気を磨くんだな、お嬢ちゃん」

「なっ!!」



いつの間にか、詰められた距離。
耳元での台詞に、アリスは思わず頬を染めた。
息がかかる距離に体が固まる。
くっと喉で笑った気配がして、更に顔に熱が集まった。



「ジョーカー、俺に面倒を押し付けておいてアリスを口説かないでよ」



ずるいなあ、と続けるホワイトさん。
ブラックさんはそれに答えながら踵を返した。



「口説いてねえよ。それより暗くなる前にガキ共帰らせろよ」

「はいはい、解ってるよ」

「……あっ。ち、ちょっと、待ちなさい!」



我に返ったアリスが追いかけようとした頃には、ブラックさんは自転車に乗って行ってしまっていた。




(何なのよ……!)




未だ収まらない動悸に苛立ちと困惑を覚えながら、アリスは子供たちの側に戻った。
そこではホワイトさんが子供たちに手品を披露している。



「これを見ていてね。……はい」



ぽんっ。軽い音がして、宙に舞う数枚のトランプが鳩に変わる。子供たちは間近で見る手品に涙も忘れて魅入っていた。
それはアリスも例外ではない。
感嘆の声を漏らし、子供たちと一緒になって楽しんでいる。

いつの間にか、苛立ちも困惑も薄れていた――。







「ジョーカーさんさようなら!」

「また見せてね!」

「今度はやり方も教えてよ!」

「ふふ、気を付けて帰ってね」

「寄り道しちゃダメよ」



夕方を少し越え始めた時間帯。
機嫌の直った子供たちを見送ると、ホワイトさんと二人きり。



「……君の機嫌も直ったみたいで良かったよ」



不意に呟かれた言葉を「えっ?」と聞き返したが、ホワイトさんはただ笑うだけだった。
怪訝な顔をしたアリスに、そういえば……と別の話題を振る。



「ジョーカーも素直じゃないよね。本当は子供好きなんだよ」

「あれで?」

「うん、あれでも」



先に見た限りでは、とても子供が好きな態度には見えなかった。
アリスは怒っていたブラックさんを思い出す。
……やはり、頭ごなしに怒っていたとしか思えない。


「とてもそうとは思えないわ」



また少し腹が立ってきた。明日にでも文句を言ってやる。
決意を新たにしたアリスは、でもね、と続けられた声に隣を見上げる。



「覚えてる? ジョーカーは『暗くなる前に帰らせろ』って言ってたんだ」

「 ? 」



アリスは首を傾げた。
それが何なのだろう。
ホワイトさんはアリスの不思議な様子にくすりと笑い、こう付け足した。



「君も、暗くなる前に帰りなよ。夜道は危ないからね」




――アリスは本日、ブラックさんに対する印象を、改めざるを得なかった。






  終わり




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