story
幼い寝顔D
『君達は私の太陽だ』
その瞬間、駆け巡ったのは三人で笑いあっていたかつての記憶。共に過ごした、あの幸せな日々。
脳裏に響く、優しい重低音が俺達に語りかけた。大きな掌が、左右それぞれ俺と兄の頭を撫でる。
嗚呼、いつだってそうだったのだ。
兄の幸せは、アレクセイという一人の男と共にいること。共に運命を受け入れること。
俺が勝手に、兄を不幸だと思い込んでいただけだったのだ。
だけど、俺にだって。
轟音が治まった後。まだパラパラと割れた石の破片が音を立てているが、俺はふらつく足で崩れ落ちた巨大な魔核へと歩み寄る。
もう、わけがわからない。
「兄ちゃん」
右足を前に出せば、右足が傾く。
「大将」
左足を前に出せば、左足が傾いた。
背後で、仲間達がユーリの名を口々に叫んでいる。誰も、今俺が魔核に近づいていることを知らない。
何も考えられないまま、俺は辿り着いた魔核を見上げた。緑のような蒼のような巨大な結晶が、時折か細い電流を出してひび割れている。
構わず、俺は視線を戻す。自分の、足下へ。
俺の視線の先で、二人が横たわっていた。割れた破片と魔核本体の間に、寄り添うようにして。
その割れた破片が、彼らを貫いている。触れずとも、二人がすでに息絶えていると俺にはわかった。
とうとう両足が言うことを聞かなくなり、倒れ込むように二人の傍らで膝をついた。ぺたりと座り込んだ足に、赤い血液が染み渡る。
穏やかな顔である。
アレクセイの口端と頭からの血液が、彼の白銀の髪を真っ赤に染めていた。同様に兄も、半開きになった口端から、なおも血液が流れ続けている。
彼らの体には、魔核の欠片が数本、突き刺さっていて。
けれど、二人の表情は場違いと言っても良いほど、全く歪められていない。
幸せそうに笑みを浮かべながら、血だらけの顔を涙が伝う。
『一緒に、死んでくれないか』
死に際のアレクセイの言葉が甦る。成す術もない、絶望からの死であった。けれど、兄は光を宿した翡翠の瞳を細め、ゆっくりと首を縦に振った。
そうして彼にしか聞こえぬ声できっと、こう囁いたのであろう。
『貴方と一緒ならば、喜んで』
俺は夢中で二人に刺さった破片を抜いていった。この瞳から滴る涙を余所に、吹き出る血液を余所に、ただがむしゃらに引き抜いた。
わかっている。
無駄なことである、と。
だけど。俺の中で、何かがぷっつりと切れた。
いつの頃からか、二人は信頼の域を越えた親密な関係になっていた。
だから、俺はいつも胸に秘めていた。ひょっとして、俺は二人にとって邪魔な存在なのでは、と。
大きく包んでくれる、掌。
厳しくしつつも、案じてくれる心。
「一人に、しないで………」
ぽたり。
兄の頬に一粒、二粒と涙が伝い落ちていく。
最後の破片を抜き終えて、俺は真っ赤に染まりながら―いつの間にか泣きじゃくっていた。
手を握っても、握り返してはくれない。滑るように俺の手から抜け、兄の手は力なく血溜まりへと叩きつけられた。
赤い液体が、跳ねる。
「置いていかないで、兄ちゃん」
俺は兄と、兄が愛した彼を何度も呼びながら、肩を震わせた。
何一つ変わっていない、兄の幼い寝顔へ、想いを馳せながら。
『兄ちゃん、約束』
『仕方ない奴だ。……約束』
俺の記憶の片隅で、二つの小さな小指と小指が結びあう。
その頭上で、大きな大木の陰が俺達の頭を優しく撫でていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
中編小説ということで、こっちにしました。
一年前に行き詰まってやめたのですが、なぜか出来たぞ!
[*BacK]
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