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story
束の間、夢を見せろ・五
「うお…、おぁあぁッ!?」




瞬間、俺の意志とは無関係に喉からそんな大声が出た。


全く、柄にもない。


物凄い勢いで飛んできた物体を、衝動的に受けとめて―それがいけなかった。勢いは俺をも巻き込み吹き飛んで、壁に叩きつけられ、そして止まる。



「ぶ、無事かローウェル!」


血相を変え、教師が駆け寄って来るが、どうにも打ち付けた背中の痛みが吐き気に変わっているらしい。返事もままならなかったが、なんとか片手をあげた。




(そもそも俺は何してたんだっけか……ああ、そうだ)




頭の中が鮮明になってくる。

今日は入学式で、運悪くこの生徒指導部の教師に捕まって、途中で騒がしい音が聞こえて、発生源と思われるこの教室のドアを開けて―。







「焦点が合っていないが、本当に無事か!?」


我に返り教師を見れば、心配そうに覗き込んでくる厳つい顔があった。

軋む背中を起こし、なんとか壁にもたれかかって姿勢を起こす。久々の痛みに、顔が歪んだ。




「ちょっと、無事じゃねぇかもな…」


「一体何があったとい」





ぴたりと止まった教師を、怪訝そうに睨むと。突如腕の中の物体が動き、存在を思い出した。






初めて視界に、「それ」を映す。

否―正確に言えば、そう。俺の腕の中にいるこ
「し、シュゥゥウぶアァァァアアアアン先生エェェェェエーッ!!!!」

「お前うるせぇよ!」





―そう。俺の腕の中にいるこれは「物体」ではなく、歴とした「人」であったのだ。それも、知人。


黒のスーツを纏う小柄な体は、擦り傷や打ち付けたような跡があり、汚れていた。

口端に血がこびりついているが、顔をあげた際に見たその鋭い眼光は、殺気に満ちている。

彼は、シュヴァーンその人であった。



「………ローウェ、ル?」



どこか揺れていて、焦点の合わない瞳は俺を見つけて数回、瞬く。
「よう」と短く答えると、「遅刻魔め」と睨まれた。
ああ、バレてたのか。



そんな事はさておきと、事情を尋ねようとした時だ。
例の教室内からパキ、と軽い音が響いた。

反応し、すぐさま振り返った俺も、そしてシュヴァーンと教師も、寄せられる己の眉根に気がついたろうか。




三日月のようにつり上がった唇から、うっすらと歯が光る。一歩、一歩と近づいてくる度に、金色のメッシュがかかった赤髪は揺れ、一層口端はつり上がっていく。


半壊した机やら椅子やらを踏み越えて来たのは、着崩した学ラン姿の―いわば、「イカレ野郎」であった。



「誰だ、お前は!?」



野郎は俺と教師には目もくれず、シュヴァーンに向けて狂気じみた笑みを浮かべる。
教師の怒声など、耳にすら入っていない様子だ。




「おい片目ェ……俺は知ってんだぜぇ?オマエが強いってことを、だがマジじゃねぇ。なんで反撃しやがらねぇ?……オラオラ立てよ、まだまだまだ寝るには早いだろォ?」



完全にイカレた口調で、野郎は笑った。返事をするように、俺の耳元で舌打ちがした。

シュヴァーンはふらりと立ち上がると、どこから出したのか竹刀を右手に持ち、構える。





「手間のかかる…問題、児だ………ッ、」


「シュヴァーン先生!?」


突然。そう突然である。
ひどくむせ返ったように咳き込むシュヴァーンに、目を見張った。
顔色は伺えなかったが、肩が小刻みに震えている。それだけで、充分体へのダメージは理解できた。




(まじかよ)



どのみち彼に、これ以上野郎の相手をさせるわけにはいかない。
俺は、打ちつけた痛みなど忘れて立ち上がると、彼の隣に立つ。そして。


その手から、竹刀を奪った。
シュヴァーンの両目が、僅かに見開く。


「お前、何を」


「何って、アンタの代わり」

「これは生徒指導主任である、俺の仕事だ。生徒に任せるわけにはいかな……!?ぐッ、」


抗議の声をあげたせいで再び咳き込み、不意にぐらついた体を片手で支えた。


(軽……しかも顔色悪)



言わんこっちゃねぇと肩をすくめて見せれば、口元をおさえながら、悔しそうに視線を外すシュヴァーン。
その横顔に、俺は無意識に息を呑む。


(まつ毛、意外と長…って今はんな事考えてる場合じゃ)


誤魔化すように肩を二回叩いてやると、竹刀を軽く上へと投げた。

前に進み出ながら、歯を見せて笑む。咳き込む中にすまないと、小さくだが確かに耳に入る。俺がそれに答えることはなかったが。

調度降ってきた竹刀を手首で回転させ、柄を握りしめる。
刀身を肩にあてながら、野郎に一瞥をくれてやった。


「まあ、任せとけ。フェドロック流兼俺流剣術、見せてやる」



高らかに宣言した俺を、野郎のイカれた瞳がようやく捕えたようだ。


「誰だオマエ…こっからが俺とコイツの絶頂なんだぜ?まあ誰であろうと順番に切り刻んでやるから変わりはねぇ」


軽く聞き流しながら、邪魔な上着を脱ぎ捨てた。それはシュヴァーンの膝に飛び、落ち着いた。

彼の喉から出た奇妙な笑い声に向ける耳は、生憎用意していない。


「悪いが俺で勘弁してくれねぇか?けど―俺で十分だと思うが、なっ」



いきなり突っ込んでいったかって?いやまずは小手調べ。
脇にあった黄色のチョークを一本拝借し、野郎の頭目掛けて投げただけ。だが、しっかりと殺傷能力つきだ。

当然、野郎も"あの鬼"をあそこまで苦戦させたことはある。先程から手の中で回していた二本のナイフで、難なく撃墜されてしまった。


「何だ、ナメてんのかァ?」


「いや。これで大抵の先公は一撃だったもんで」

目の前にはすでに野郎の顔があった。言い終わらない内に詰められた間合いに背筋を汗が伝い、苦笑する。

「――早」


軽く身をひねって避けると、真横を野郎のナイフが突き抜けた。すかさず流れにそって縦向きの一振りを見舞うが、寸でのところでかわされてしまう。


「…チッ」


後方へ、素早く床を蹴り上げた。元いた所にまた、野郎のナイフが空を切る。

着地したところは、ちょうどドアの真横。背後のシュヴァーンを思い出し、咄嗟に教壇を踏み越え窓際に移動した。


「っと。危ねぇモン持ってんな」

「オラオラどうした!!楽しもうじゃネェか!」

休む間もなく竹刀を前へ構えると、ナイフが刀身に刺さった。

「…聞いちゃいねぇ」


一見狂ったような斬撃ではあるが、型が無いわけではない。
狂っているのはどうやら、尋常ではないその素早さ―らしい。


次々と繰り出される斬撃を受け流し、二撃、三撃。いずれも、力任せの"横殴り"だ。


「遅ェ遅ェ遅ェ!さっきの奴に比べて断然遅ェぞヒャハハァ!!」

「無駄口叩くと本気で殺るぞてめぇ」

彼の一言一言に血が騒ぐ。狂気じみた高笑いに血が疼く。
静かに竹刀を短く持ち直し、片足に全体重を乗せた。床が、軋む。

(もうめんどくせぇ)

予想通り、突撃してくる野郎に照準をあわせ。重心である右足を軸に下から右上へ、竹刀を振りかざす。

[*BacK][NexT#]

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