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story
涼樹様より…2
『どうか覚悟して欲しい』


・本編第一部おっさん加入前、結界魔導器暴走後ヘリオードにて


















エステリーゼ姫の監視を命じて『レイヴン』がヘリオードを出発したその夜。



私はヘリオードにある騎士団本部に宛がわれた騎士団長執務室で書類に目を通していた。

しかし報告書らしき書類の内容は全く頭に入って来ず、紙に書かれた文字の羅列をただ眺めているだけだった。


自分で命じておきながら、今頃彼はどうしているだろうかと気になって仕方がない。

うまく任務を遂行しているかとかそんな事ではなく、彼が今自分の目の届かない所にいる事が心配でならない。


たとえ道化を演じていたとしても彼は彼。
道化て胡散臭さを醸し出していても内面は物凄く可愛らしい男なのだ。
他の連中はともあれ、漆黒の長髪を流した聡い男ならその事に勘付いてしまうのではないか…


初な彼の事だ、言い寄ってきた者に抵抗する事も出来ずあれよあれよと流されてしまい兼ねない。

彼を信じていないわけではないが、不安になってしまうのは彼があまりにも可愛すぎるが故。





彼の事を老若男女問わず誰にも渡す気など毛頭無い。
自分の傍にずっと置いておけるなら勿論そうしただろう。
しかし彼は私の役に立ちたいと自ら諜報員を買って出た。


私の役に立ちたいなどと言われてしまえばその健気な想いを無下に出来るわけもなく、いじらしい彼の意思を尊重して潜入先のダングレストへ泣く泣く送り出し、今や大陸を跨いで遠距離恋愛中だ。


たまにしか会えないというのにギルドの仕事が忙しいらしい彼は、帝都にいる私の所へ報告に来てもいつもトンボ帰り。
ゆっくりと話す事も出来なければ一晩共に過ごす事などもっと難しい。


ああ、今度彼に会えるのはいつになるのか…
姫の監視なんて命じないで彼と一緒に過ごす選択をすれば良かったか…





一人悶々と彼への想いを馳せていて全く気が付かなかった。
ただ書類を眺めていただけの私の前に、何者かが立っていたのだ。










「……大将?」



控え目なその声にぴくりと反応する。
書類から目を離し視線を上に向ければ、前髪の掛からない翡翠色の右目をぱちぱちと瞬かせて小首を傾げている愛しい彼。



「シュヴァーンか…何用だ?」






突然目の前に会いたくてたまらなかった彼がいて、流石の私も動揺した。
だが騎士団長たるもの、いつ如何なる時でも平常に冷静であるべきだ、なんて信念といういらない意地を張っている私は、動揺を隠すべく極めて低い声で彼を見据える。


思ったより険しい表情になってしまったのか、彼は私の顔を見てぽやっとしていた佇まいを慌てて正し、恐る恐る口を開く。



「いえ、大した用事ではないので…」

「ほう?大した用も無いのに姫の監視を中断して此処に来たということか?」



申し訳ありません、とどこかよそよそしい敬語を使う彼は、しょんぼりと落ち込んだのが手に取るように解る。
私とて好きでこんな態度を取っているわけではない。
騎士団長たるもの、いつ如何なる時でも平常に冷静であるべき、といういらない信念が邪魔をして素直に感情を表に出す事が出来ないのだ。



「その大した用事とやらを言ってみろ」

「いえ、本当に大した用事ではありませんので…」

「言え」



強い口調で言い放てばびくりと肩を跳ねさせて震える彼。
怯えさせるつもりなど無かったのだが、これも私のいらない信念が故、本当に邪魔な意地だ。

すっかり俯いてしまった彼は観念したのか、肩を小刻みに震えさせながらとても小さな声でぽつりと呟いた。



「大将に…会いたかったんです…」



そうして俯いた彼の瞳からぽたりと煌めく滴が零れ落ち、床に小さな染みが出来上がる。声に出すまいと噛み殺す嗚咽が胸にちくりと突き刺さり、私はもうくだらない信念などに構っている余裕など無くなった。


愛しい彼を泣かせてまで貫かねばならぬ信念などかなぐり捨てて、私を形成している理性は音を立てて崩れていく。


枷が外れて自由になった心と身体は流れるように自然と動き、肩を竦めて大粒の涙を零す彼の身体をこの腕に捕らえ、強く強く抱き締めた。



「……私も同じだ、シュヴァーン」



腕に収まる彼が背中に腕を回してぎゅっと抱きついてきて、私の胸に顔をぐりぐりと押し付けてくる。
無意識なのだろうその行為にたまらなく愛しさを感じ、彼の艶やかな烏羽色の髪を撫でてやれば、落ち着きを取り戻した彼から穏やかな声で言葉が紡がれた。



「目と鼻の先に大将がいると思うといてもたってもいられなくて…姫達が宿屋に入ったのを見計らって…来てしまいました…」











嗚呼、なんといじらしい。
そんなに真っ直ぐな想いを向けられて私がその想いに応えないわけがなかろう。
胸に顔を埋めていた彼が私を見上げ、露に濡れた翡翠の瞳が宝玉よりも麗しくて、私の心を掻き乱す。



「ならば…私の想いも受け止めてもらえるかな?」



彼の耳元で囁けば、その言葉に含まれた意図を汲み取った彼の顔がみるみるうちに赤く染まり上がる。


たまにしか会えなくて、しかもほんの一時しか彼に触れることが出来ないのだ。
今はまだ月が高い。
夜が明けるまで数時間、長いようで短い貴重な時間の中で私は彼をどれだけ感じることが出来るだろう。



「あ、あの…朝には戻らないといけないので……」







───優しく愛してください…ね?







これから行われるであろう行為に、初な彼は恥じらいながらもしっかりと熱の籠った視線を私に送りつける。
その上目遣いに私が弱い事を知ってか知らずか、彼は追い討ちとばかりに屈託の無い笑顔を向けるのだった。



「…なるべく善処しよう…」






愛しき人の願いなら聞き入れてやりたい。
されど今まで彼と離れて触れられなかった分、私はこの想いと溢れる熱を抑えられる自信など…無い。












彼には悪いが、夜が明けるまで彼を…シュヴァーンを一時も離すつもりは無いという事を、どうか覚悟して欲しい。








END







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アレ様サイドとシュヴァサイドの、甘い作品を頂きましたよ…ッ///アレシュヴァは公式で悲恋に←なっちゃうので甘ければ甘いほど切なくなりますよね。

いい年なのにウブな可愛いシュヴァーンに余裕のアレ様が魅力的なお話でございました!

ありがとうございました^^

[*BacK][NexT#]

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あきゅろす。
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