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story
文より唇で(レイ+エス)

薪の燃える音だけが耳の中に木霊する。

やや垂れがちな翡翠の瞳は、暖かな空気を出しながら空へと伸びる、橙がかった炎(ほむら)を映していた。


炎が目指すその先に無限大の夜空と、相変わらず強く輝く凛々の明星。彼らの眼下には茂る草木と、燃える薪と、こうして見つめる一人の中年がいるわけで。

考えてみれば可笑しな話、周りの自然は生きているのに彼自身は一度死した身なのだ。


それなのにこうして寝ずの番をしている、眠気と戦っている。

「不思議な、話だわね」

「何がです?」


あるはずの無い返事に肩が跳ねた。振り返れば背後のテントからひょっこり顔を出した姫君が、桃色の髪を揺らしていた。


「じ、嬢ちゃん…?どうしたのよ、おっさん魔導器止まっちゃうかと思ったわ」


まだ整えられない心音を悟らせまいとする彼が笑顔を向ければ、姫君は眉を下げた複雑な表情で俯いてしまう。彼としても、必死に作ったおどけた態度が台無しである。

思い出したようにふと、薪を一瞥する。新しい枝を入れなかったためか、天を目指す炎は少しばかり小さな物になっていた。

素早く枝を放り投げると今度は向かい側に彼女がちょこんと、座り込むのが視界に入る。

ひどく可愛らしいその姿に口元を緩めると、カップを取り出しミルクと砂糖を入れ、それを薪の隅に置いた。






「はいよ、ホットミルク」

差し出したカップを、礼を述べながら彼女は嬉しそうに両手に包み口へ運ぶ。


「甘くて、あたたかくて…おいしい…」

「底の方は熱いから気をつけてね」

「レイヴンは、何も飲まないんです?」

首を傾げる彼女…エステルに、人差し指を立て左右に振る。ちっち、と舌を打ちながら、もう片方の手を上げた。


その手に掴まれたのは彼女のカップよりも小さなもので、色の濃い飲み物が静かに波打っている。

「おっさんのは特製砂糖ミルク無しコーヒーよ!」

「ええと…ブラックコーヒーなんですよね、つまり」


くすくすとふんわり笑う彼女と嬢ちゃんにゃあ適わんわあ、とつられて肩をすくめる彼の微笑み。

少々穏やかな雰囲気が流れた所で、エステルが思い出したように口を開いた。


「レイヴン、せっかくですからお話を聞かせてはいただけないでしょうか?」

「あれまあこんなおっさんの話でいいの?いいわよん、…で?」

「もちろん、恋のお話です!」

「ぶッ」


恋。その単語を耳にすれば、飲みかけていた特製なんたらを吹き出しそうになる。慌てて飲み込んだため、逆にむせたのだが。


なかなかの反応、追求せずにはいられないと言わんばかりに。きらきらと瞳を輝かせ身を乗りだして視線で訴えた。



そうすれば姫様の命令である。最初こそそっぽを向いたりはぐらかそうとしていたが、やはり騎士だっただけはある。ちら、とエステルを一瞥したかと思えば諦めたように肩を落とした。


「…いたわよ」

「や、やっぱり、キャナリさん…です?」

「嬢ちゃん、それは失恋よ…失恋。」


なら、続きを促す彼女の興奮した様は、やはり女の子だなと感じていた。他の子は、否パティはともかくリタやジュディスは全く興味の無いものだろうに。

そうして更に悩むのだ、純粋なこの娘に真実を告げて良いのだろうか、と。


(いいや、彼女はきっとキャナリの事を知りたがっている、ここは話を






「知ってます。アレクセイ、ですよね?」



「へ?」





思考を巡らす糸が、ぷっつりと切れたようであった。彼女の紡いだ名に、目を丸くさせるばかり。二つの翡翠はぱちくりと桃髪の少女を凝視していた。


「なんで、…?」

「騎士団ではちょっとした話題だったと、以前フレンから聞きました」

「叶わないわね、嬢ちゃんには」

「それに、幼い頃お二人が…アレクセイとシュヴァーンが月夜を仰いでいたところを見たことがありますし」


打って変わって凛々とした彼女の表情は、万物を貫く矢の如く。瞳を閉じて、うっとりとする姿もまたひとりの乙女。

どうして嘘をつけようか。



「…優しかった。頼もしくて、あったかくて。いつしか惹かれてた。…そしたらやっこさんまで、同じこと言うの。困ったもんよね」


後半から徐々に声が震え、彼はそのまま夜空を仰ぐ。視界になんて何も移って無いのだろう、何故なら彼の中にはきっと「それ」しか無い。

エステルは耐えきれずこくりと唾を飲みこむ。


「いっぱい愛してくれた。なのにおっさんは伝えられなかったの、貰ってばかりだったの」

「レイヴン…」

「馬鹿よね?愛してるぜぇって、そうやって言って抱きつけば良いだけだったのに」


そこで言葉を止め、息を吐く。はっきりと聞こえた寂しそうなため息。

たまらず隣に腰かけると、今度は俯いて、自身の腕を抱きうずくまる。


「死んじゃうんだもん、嫌な奴よほんと。結局最後まで言えなかった」



真剣に耳を貸すエステルの手は、後悔の波に一杯一杯な男の掌を包んだ。傷跡だらけのごつごつとした手が今は何よりも儚く。

「恋に後悔は付き物です。」

「…ごめんね、嬢ちゃんに沈む話しちゃたわ」


「そんな事無いです!それにレイヴンの思いはちゃんと、伝わっていたと思いますよ?」


驚いた翡翠が向く前に、目元にあった真っ白な手は彼の頭を数回、ぽんぽんと叩いた。


「じ、嬢ちゃん…?」

「ユーリがよくやってます。いい子いい子って意味だそうですよ」

一回りも年下の娘に、いい子いい子などをされたこの中年と言えば、困ったように頭を抑えて。




『いい子だ』




大きな掌の感触、揺らぐ銀髪。低く聞き心地の良い声が蘇り、目の奥に痛覚を宿らせる。


「っとにしょうもないあんちゃんだこと…」


小首を傾げた彼女に礼を述べながら、テントに眠る小生意気な青年を恨んだ。






ふとあたりを見渡せば、すっかり夜明けの前。それなのに、また彼と彼女の間には穏やかな風が吹いているのだ。


「目、覚めちゃいましたから今宵はレイヴンの傍にいますね?」

「何されても知らんわよ。でもあんがとう、嬢ちゃん」



エステルに向けた男の微笑みはひどく柔らかなもので。

なおも切なげな彼の心の事だから、たまらずぎゅうと抱きしめてしまうのだ。


「まだ私の話、してませんでしたよね」


腕の中の存在に優しく笑いかけながら、初恋の相手を唇に紡がせた。



和やかな夜中の大地に未だ暖かさを残すのは、ぽつんと佇んでいた、飲み干した二つのカップ。






『ずっと、あなたの騎士ですよ』






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アレシュ前提エス+レイ恋バナもどき。

[*BacK][NexT#]

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あきゅろす。
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