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story
聴かせてほしい、かの旋律を(アレシュヴァ)



あの、青い空から降る光が真っ白な大理石を輝かせている。視界いっぱいに広がる中庭の草木と共に、白銀の髪がゆらゆらとなびいて太陽に輝き。



訓練中であろう騎士達が左右に別れて規則正しく並んでいた。




左の者は剣を、右の者は弓を。そのどれもが夕日色の隊服で、廊下脇から一人一人を眺めながらもアレクセイは無意識にとある影を探した。


騎士団に入りたての頃は、ふと10年前を思い出す。上から掛かる圧力より、影から吹きかけられる非難よりも、苦痛でならなかった事があったと。


それも彼が来てからは―





思い出しかけて、止めた。




視線の先に目当ての橙が入ったからだ。さらりと流れる長い前髪の間から覗いた横顔。左手に弓を右手に二本の矢を持って遠くの的の前に、立つ。




よく見慣れた、もう何度傍で触れあったか分からぬ彼の姿が普段とは違う振る舞いで、尚且つ今こうして弓を引いている。




彼は若いながら本当に優秀で。

弓から真っ直ぐに伸びる腕が狙う先には、必ず矢が刺さるのだ。いつもの、的紙を破るあの音を聞くために、静かに目を閉じる。




(ー…?)




だが、あの爽快な音がいつまでたっても訪れないことに気がつき、瞼を開けた。
四方から騎士達のざわめきが耳に入ってくる。




「いいか」


一言口を開いた当の本人は表情一つ変えず、静かに視線を周りに向ける。




「己の命を守りたいのなら、決して焦るな。冷静さを欠けば矢は、いくら射ろうとあたらん」

更に残りの一本を弦に引っ掛け、引く。後に静寂なる空気を引き裂いた、軽快な弦音。

腕の筋から、親指を通り放たれた矢は、真っ直ぐに的を―












「しばらく見ない内に腕が鈍ったな、シュヴァーン」


訓練を終えた騎士達が次々と戻っていく中で、最後に見つけた小柄な背中がビクッと跳ねる。


振り返った翡翠は昼間の太陽に輝いた大理石のよう。驚いたままの表情さえ、今は幼くて。




「騎士団長…いらしていたなら、って何笑って…っ」

「せっかく、様になっていたのにな」




口元に拳をあてながら肩を震わす騎士の鑑に映るは、頭一個分下の照顔。

片目が真っ直ぐに彼を睨みつけるが、上目使いのために全く意味を持たない。




「い、いつから見ていたのですか!?」


「久々に君の騎士らしい一面が見れたからな。かれこれ半日くらいか」




わざとらしく思い出すふりをして言えば、段々と桃色に染まり上がる彼の頬。それに掌はゆっくりと伸ばされるが。



瞬間、恥じらう表情が一変し眉間に深くシワが刻まれた。伸ばされた掌は頬を包もうとせず、シュヴァーンの上腕を掴んでいたのだ。




痛みに耐えるため強く瞑っていた眼を恐る恐る開けば、少し上にある優しげな、無表情。


「ここか?」


ゆるゆると頷けば弱まる力。
頷いたまま顔を上げないでいると、腕に再び痛みが走る。

何事かと、とうとう頭を元に戻せば。



「騎士団長、」



掴んだ腕を、柔らかな刺激を与えながら揉む騎士団長の姿に目を丸くさせた。



「む…揉みにくいな。シュヴァーン、後ろを向きなさい」

「いえ、上司に腕を揉ませるなんてそんな事出来ません」

「腕の調子が悪い部下を知らぬ顔で訓練させるなど出来ないな」



いいから、と肩を捕まえて体を反転させると何か言おうと開かれた唇は、観念したのか大人しくなる。

揉んだ腕は疲労を感じさせる程に硬くなり、その中でも妙に硬い部分に親指をあてゆっくり沈めていく。
そのたびに強張る肩を、空いた手で柔らかくさすった。




「何故、腕を痛めていると分かったのですか?」




ぴたりとさすっていた手が止まる。顔を上げても背を向けた彼の顔は見えず、ただ夕日が目に入ってくるばかりだ。まもなく訪れる夜を悟りながら、アレクセイは肩をすくめる。




「……君が的を外すなんて珍しいから、もしやと思ってな」




「ちゃんと、見てくださってたんですね」




静かで、嬉しそうな声は紡ぐ。くるりと今度は自分で反転すると、安心したような瞳を彼に向け頭を下げた。




「お陰で楽になりました…ありがとうございます」

「もういいのか?」

「ええ。今度は的にあてられそうですよ」

「…無茶だけはしないように」



困ったように片方の眉を下げ笑みを零せば、返ってくる照れ隠しの微笑み。

はい、と小さな小さな声を聞き逃さず頭を撫でてやる。そうすると気持ちよさそうに目を閉じるものだから、脳裏に浮かんだのは幼少の頃飼っていた猫だ。




「あの、団長?」



焦るような彼の声で我に返る。きょとんとしたアレクセイに、身長差のため上目使いに訴える翡翠は困惑の表情を浮かべていた。




「最後にもう一本、射って来ますね」

「ああ、すまんな」




彼が言わんとしている事を理解し手を退けると、壁に立て掛けてあった弓と矢を持ってまた中庭へと駆けていった。




揺れる後ろ髪が橙に左右に柔らかくなびき、赤い瞳は細められる。


彼は的の前に立つと、一度こちらに視線を送りふわりと微笑んだ。

そうして視線を元に戻すと、矢を弦に引っ掛けてゆっくりと上へ持ち上げ、弦をしっかり指の間に挟む。


ギチギチと固い弦がかの腕によって真っ直ぐに引かれ、下ろされていく。弓の頭身が夕日を反射して美しく曲線上に輝いた。





愛しい者がこれから奏でる旋律を想像しながら再び、ゆっくりと瞳を閉じる。



数秒後震えるように空気を割った弦音と、間髪入れない深く低い的紙の音が、静まり返った夕闇に高く高く轟いていった。








「ところでシュヴァーン、いい加減にそれをどうにかしたまえ」

「それ…?」



弓矢をしまいながら、シュヴァーンは小首を傾げる。何か不備でもあっただろうか。

一方でアレクセイといえば、複雑そうな笑みで彼の手先を見つめ口を開いた。



「肩書きの名で呼ばれるのは悲しいからな」


「申し訳ございません、…アレクセイ様」


「周りの目もあるから仕方ない事だ、案ずるな」

「い、いじけないでくださいよ…」




あの青空も夕日も、すっかり姿を消し去って。後に残るは満点の星空と笑いあう男二人のみだった。



誰一人、彼らの他には居やしない。寄り添いながらこつんと肩甲に頭を預ける彼の者に、痛くは無いのかと呆れながらもアレクセイは優しくゆっくり、腰に手をまわした。




彼等の歩む大理石の道は、星々の光を反射して青白く輝いている。








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頭痛が酷かった時に先輩が肩を揉んでくれたんですよ。
申し訳なかったんですが、いいネタ…ごほん。久々に話が思いつきました。感謝。

先輩、ほんとに貴方はお高い人です。

[*BacK][NexT#]

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あきゅろす。
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