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葛葉



此処は御国が拵えし男衆の楽園。
絢爛な遊女との戯れを愉しみとした者達で今日も賑わう。


此処は仲之町(※廓街の大通り)の中心に建つ大見世。
花街で、一番二番の人気を争う売れっ妓の取り持つ宴の席が夜見世が始まりて早々より開かれていた。

座敷に鳴り響く音色に合わせ淑やかに舞う身、客人へと時折返り見やる碧の視線。

「噂通り見事な舞だ。」

「姐様は舞踊もさることながら、お琴に三味線も達者でして。」

酌をする新造が自慢気に青年の感嘆した呟き答える。



遊郭にはしきたりがあり遊女には格付けがある。

なる頃は“禿”(かむろ)として花魁に遣い、姉様遊女に奉公をせし。そうした後、器量も教養も必要とされる花魁候補ともなれば“引っ込み禿”として見世手伝いも無しに、徹底して古典や書道、茶道、華道、和歌、箏、三味線、舞踊、囲碁、将棋などの教養と芸事を仕込まれ。

数え十五の歳の頃より花魁の下で慣わしや営みを学ぶ“振袖新造”となる。
新造は見世へと出るも床入りはせず。
花魁の名代(※代役)や付き人として、持て成す事で客を気分善くとさせ、遊女になるまで客人に見知って貰い。

いよいよ“新造突き出し”と成りし時、遊女として客をとるのだが、この時、その祝いの振る舞いが絢爛豪華とされればされる程、評判も昇り。後は格付け一の呼び出し花魁か‥と、皆に期待される。

然しこれは本に一握りの狭き門処。
決して遊女自らの選択権は無く。
花魁への道は厳しい。

そして、お職をとの約束めかされてより、女特有の妬みや嘲弄にも見舞われる。

華やかな程に陰も濃く。

何処へ行ってもまた同じ。
知れば知るほど逆らえず、何時の間にやら流されて世故に長けゆく。







金色のきちりと結いた髪、悠長に振るう袖も濃厚な紅色なる上質の着物を引き立たせ、揺れる袂にさえ艶増して。チントンシャンとの合いの手に舞う、この妓は此方へ身を寄せたと同時に花魁街道を約束され、見事に芸事をこなし。たったの二年の歳月で、あれよあれよと鰻登り…ーーそして明日、開花する。






「演舞はもう存分に楽しんだよ。…向日葵、ここへ座って。」

「あれ、サイ様ったら御気が早い。その名乗りをあげるのは明日より。今宵の姐様、未だ葛葉の名を申しておりまする。」

絵師から客に様変わりした男の隣で新造や禿がクスクスと笑う。

花魁となる支度もあって、今宵の葛葉の客は此の男ただ一人。

明日の道中を更に盛り上げるよう、惜しみなくと葛葉の晴れ姿を見世始まって以来の高額で落とした、老公自来也より承った依頼の花魁画を受託した一流絵師サイは、瓦として描いた作品の確認を取る為と称して、前々から気に入っていた座敷持ち“葛葉”の最後の夜を申し出たのだ。

其の額もまた庶民には到底届かず。敷居の高いものではあったが、サイはどうしても葛葉と一夜を過ごしたく惜しみなくと大枚を叩いたのであった。
それは自来也から一つ返事で受けた此の仕事のおかげ。
葛葉に近付く事が出来たのも此また其のおかげ。
しかも本日は昼見世も出ずとした他の男の手垢一つない身の葛葉を独り占めなのだから、此の上なくと気分が良い。

「ではサイ様、今宵はごゆるりと…ーー」
持て成しをしていた新造と禿が開けた襖間より並んで三つ指をつき、客人へと一礼した挨拶を機に部屋を出で、夜伽へと誘う。

「和歌も演舞も噂以上にとても良かったけれど、やっと二人にきりになれたのが嬉しいよ‥」

「サイ様の仕事にはどう足掻いても叶いやしませんが、御気に召されたのなら‥何より。」


そう、サイに招かれ隣に細腰を降ろして、微笑み湛え。空となった杯へ緩やかに酒を注ぎ、寄り添う葛葉と名付けられた此の、未だ少女にして早々と高級遊女の花魁に担う者こそ、あの日の子狐なのである。




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あきゅろす。
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