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ひねもす


朝四ツ(※午前10時前後)、遊女らが目を覚ます。

「花魁、朝餉を持って参りんした。」

「…う…ん、ああ、其処へ置いとくれ。」

「あ〜い〜。」

禿を部屋へ通さず、廊下に置いた朝餉の膳を取り往くのが、向日葵きっての作法と相成る。

「ねみィ。けどやっぱ白飯はうめーな!」

ガツガツと食す姿は幼さ余す九尾の金狐。此れがあの美貌と気品溢れた花魁向日葵の真の姿とは誰しもが思うまい。

「ふう〜、食った、食った!」

どたりと床に寝転がり、膨れた腹をさする。此の時が何よりの至福と気の抜けた姿で。

「…しっかし、アイツもデッカクなったなァ。」

彼の時の姿を、視線を合わさずと振る舞いては、黙りを通しつ、ちらほら見遣り。其の姿を瞳に焼き付けて居ったのである。

「あのエロ仙人に仕えるなんて、ずいぶんと暮らしもマシになっただろーな。」

かの故郷を救いての年季も然る事なれど、未だ仕送る諸々は“此のやうなめぐみ、うちはに祀られし御狐様の恩恵在りてこそ”と郷山に住む狐らの罠掛け退治も一掃させ共存と相成り…との旨を其の用取次ぐ使い魔より聞き、此の化身は善き哉な事に転じたと案ずる。

そう、誰一人とて不幸とも迷惑ともして居らず。ただ己に大枚を惜しみなくと叩く男衆を憐れとするやも、此もまた救いの一興だと嗤いて強がり。

長々とした溜め息をひとつ送りては、先なる世襲の動向を見据えた眼差しで、故郷の平穏とサスケの倖を請い、昊へと其れ馳せ。暫しの刻を忘れ茫然としていた。


「花魁、部屋のそうじに来んしたが。」

「いっけね!もうそんな時間かよ!」

廊下より問う禿の声にはっと気を戻し、艶やかな美女へと身替わり。襖を開け放てば、並ぶ禿らと挨拶を交わして。それから先ずは座敷へと通し。窓梁に腰掛けて良く働く禿らに目を張った。

「いつも御苦労さん。」

にこり笑み、己抱える禿達の一人一人らに分け隔てなくと布包んだ菓子を手渡しては頭をそっと撫でた。

「ありがとう、花魁。」

口々に礼を述べて喜ぶ子らを弧描く瞳で眺め。

「その感謝、わっちではのうて旦那らに配ってやっておくんなんし。」

ねぎらいつつも、其れ喝とし微笑んだのは、器量云々なしにしてそうした意よりの働きが気配りとなり、上客の印象につけば遊女となりし時に有為となるやも…とした計らい。
禿らは其れをあたかも察したように無垢に笑む。「あーいー。」

「では、今日もようお務めなんし。」

貰った菓子に気を良くした禿らを見送り、襖を閉めて「ふぅ〜」と気を抜かす。その途端、犬歯は尖り頬に髭線が浮き出、獣耳や尾までも生えゆき本来の姿に再びとなった。
そうして寛ぐも皆が起きてる時間となれば、いつ何時、誰や訪れるかも知れんと気を入れ向日葵と呼ばれる姿に変化し、そのまま、少しだけ…と転た寝る。

「おいら達の姐さんは、いっち綺麗で優しいのォ…。」

向日葵に侍る誇りを胸に憧憬を描く禿らが頷く。

而して此の中で向日葵のように番付筆頭の花魁と成れし者は皆無に等しいと思われる。


大見世“木乃葉屋”の格を張り、界隈一と謳われる花魁向日葵。此の齢でそう成るは前代未聞。

さりとて、決して安穏とした稼業ではない。

豪勢で居なければならない己の身形に禿や新造の面倒(※着物一式、髪飾り、髪結い代、飯代、部屋代など廓生活で諸々かかる料金は全て花魁が支払う。)も物入り。それよりも何よりも若輩にして、大見世を背負って立つ其の気苦労は計り知れないもの。

昼九ツ(※正午)
遊女らが昼見世の身支度をしはじめる。

目を覚ました向日葵も湯へと出向く。
普段は廓内で湯を浴びていたが、今日は久しぶりに湯屋へと足をのばした。


大きな湯に浸かれば全身がほぐれ、気も安らぐ。

「ふぅ〜、やっぱ風呂ってのは気持ちいいってばよ…」

「その言葉…、向日葵、アナタの御国は何処?」

聞き慣れない語尾は訛りかとの疑問より、声掛けて肩を並べるは雨隠れ屋の花魁小南。
大人の色香漂う艶やかなる其の美貌や物腰より、天女様との評判で。番付にはいつも上位三番までに入っていた。

「さあ…、あれはどこぞの御山だったか。遊郭(ここ)に来た時にはもう忘れてしまいんした。」

「そう。」

立ち昇る湯気を見上げる遠き瞳に小南は其れ以上問わず。
口元のみに微笑み刻み「御先に…」と一言告げて湯を上がった。

それから長湯を散々と愉しんだ向日葵も部屋へ戻り。髪を結って貰い、化粧をし、絢爛な着物へと召し物を変え、昼見世への支度を整えた。

昼八ツ(※午後二時前後)昼見世が始まる。

呼び出し(※見世には顔を出さない座敷部屋と寝室に自分の部屋を持つ高級遊女)である向日葵は賑わい少ない昼見世の時間を大抵、文を書いたり本を読んだりして遊び半分に時を過ごしいた。
而し、今日は座敷に席を置き。

「王手。」

「………。」

「ハッハハ、どうだシカマル。参ったか!!」

「チッ、何はしゃいでんだよ。親父と勝負してるんじゃねーってのによ。」

最近、向日葵の馴染みとなった薬問屋の元締めである奈良シカク。時世を先読みしての商い法により、江戸のあちらこちらと店舗を拡大させたシカク自慢の息子シカマル。彼のお陰でこうして廓遊びが出来ると云う。

その親子二人のやり取りを微笑ましくと眺める向日葵に、シカクの杯に酒を注ぐは振り袖新造の桜。

「…長いぞ、シカマル。」

「…………。」

「ごゆっくりと考えておくんなんし。」

「シカマルがそうしてる間に向日葵としっぽりとでも……。」

「勝負の席にてそのような野暮。わっち好みじゃあ在りんせん。」

冷たく注ぐ向日葵の視線にシカクは青ざめる。

「な、何、単なる戯れ言だ、戯れ言。」
誤魔化し笑うシカクを横目にシカマルが小さく「参りました。」と対局する向日葵に頭を下げた。

「どうだ、噂通りの腕前だろう?」

「……まあな。」

「わっちが勝てたのは偶々。シカマル様の方が腕前は遥かに上でありんす。」

「シカマル様より勉強しとう御座いんす。願わくば次はあちきのお相手を…」

「桜も将棋はなかなかの腕前だ。相手に不足はないぞ。」

促されて桜との対局を受け。桜は見事に打ち負かされる。

昼七ツ(※午後四時前後)
将棋話を交えての酒席のみで、短い昼見世が終了する。

向日葵と共に見世前まで桜も二人を見送ると、一目だけでも向日葵を見ようとあっという間に人集る。


「…次、またいいか?」

帰り際に仏頂面の頬を幾分染めてシカマルが向日葵にぼそりと呟く。其れに対して柔らかくと向日葵が微笑む。

「勿論、お待ち申して御座いんす。」

二人の間柄に色は無いのをシカクは嬉しく思う。何故なら、シカクはまだ決まってない桜の水揚げの相手はシカマルと…と考えていたから。幾ら何でも親子で同じ遊女に忠心となり、関係を持つのは御免であるからして当然。向日葵が可愛いがる新造桜の面倒を見るとなれば、己の株も上がるとの身勝手な判断で。

「では、またな。向日葵。」

「シカク様…」

切なげな向日葵の眼差しがシカクの心をくすぐり。名残惜しいと目を細め、大門を後にした。





暮れ六ツの(※午後6時前後)夜見世が始まる前に夕餉を済ませ、支度を終え。

陽が暮れなずむ頃合い、初回の席へと呼び出され、今日も花魁道中を張り。

丑時には漸くと己の床へと着く。
明日も昼見世より満員御礼との身を投げ出して。



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あきゅろす。
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