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疑似恋愛(カカナルコ)


おいらの姉さん、器量良し。
気立ても良けりゃ気前も良い。

「ホレこの通り、ワシみたいな者にも上等のべべを与えて下さる。」

得意げに息巻く向日葵お付きの禿が上等なる着物の裾を揺るがせ、其の帯までも自慢するかにくるり踵を翻す。

廓内外は勿論、江戸界隈を賑わす向日葵の話題を耳入れるたび、木乃葉屋の旦那ヒルゼンは始終上機嫌であった。

廓に来てひと月余りの12の歳の禿時代は鳴門の名で、引っ込みとなり芸事を存分に仕込み。
自来也の申し出通り、当節の花魁であった綱手名義での支度金(支度金=借金。実際は自来也が支払ったが綱手の名を世間に売る為、飽くまでも名目上で綱手が請負った。綱手の気っ風の良さと、大御所なる花魁がそれほどまでに面倒をかける遊女とは…、と界隈を二人の話題で持ち切りにさせ、道中を盛り上げた。)にて三百両(※おおよその推測で現在に換算すると金1両=60,000円。開国から変動著しく、幕末では24,000円にまで価値が下がったらしいが、それでも相当な額である。)からの新造出し(お座敷で酒宴の接待のみをする遊女。夜伽は御法度。)をしたのが14の歳。この時の名は葛葉。
それより見世に顔出し、姐さん花魁、綱手に奉公するや、評判は益々と鰻昇りで。美人画として綱手と共に浮世絵にも描かれた。

新造突き出し(初の夜伽)なる時は、御大尽自来也が水揚げし。いよいよ遊女として張り見世に出れば、直ぐさま遊廓番付で三番ともなり、格付けも座敷持ち(高級遊女)へと上げられた。
自来也の計らいもあり、花魁綱手は目出度くと恋路を紡いだ旦那に身請けされ。『さて紅と葛葉の売れっ妓二人のどちらを花魁に…』と悩むも、既に番付筆頭となっていた葛葉の人気にあやかり今に至れり。



さて、花魁となりし豪勢な祝いの宴の次なる日より、江戸から離れた自来也のそうした隙に取り入ったのは、葛葉と名乗りし頃より御衷心のはたけカカシ。旗本との身分を隠し、口布をしての登楼と相成り。
丁重に向日葵の座敷へと迎えられた。

「昨日は大層だったらしいね。お前の道中を描いた絵が早速と出回ってたよ。」

向日葵の横で、ほらと絵巻を床に広げると絢爛な色彩が行灯に照らされた。僅かばかりの時間で描いたものとは思えぬ出来栄えは流石…と心内で向日葵はサイを謙遜するも、淡々とそれを見下すのみの澄まし顔。

「花魁の道中ときたら、豪格子前から仲之町、茶屋までくんだりの通りに縮緬だの緞子だのが積み上げられて。そりゃあ豪勢でありんした。」

カカシの差し出す杯へ酒を注ぎつ、向日葵お付きの新造桜が口添える。

「あっそう。それじゃ、設えも相当気前よくとしたんじゃない?」

杯をクイと一気に喉に流して席を立ち、座敷続きとなる寝室の襖を開けて、ちらり見やるは邪推ありき。

「表天鵞絨の五ツ布団ねぇ。あの老公も此の時勢に随分と奮発したもんだ。」

「………。」

「ま、それほど御衷心って事だろう。」

眼こそ弧を描くも面白くないと襖を乱暴に締め、向日葵の横へと再び鎮座する。

「………。」

向日葵は粗野なカカシを横目で流すのみで相変わらず口を噤んだまま。
つっけんどんたる面持ちをする向日葵に気を廻して、場を取り持つような笑みを携え、桜が口開く。

「本日の花魁のお召しもの全て、はたけ様から請け賜りしもの。良くお似合いで御座いんしょ?」

「向日葵は何でも似合うからね。」

煽るかに杯を突き出すカカシの態(てい)の悪さに桜は俯き。ちょろちょろと酒を注いだ。

それを見兼ねて向日葵が唇を開く。

「…意外でありんすな。」

「何が?」

「今宵のカカシ様のそのような振る舞い。」

「当然でしょ?」

「このような上等な召し物一式。」

「ま、御老公の足元にも及ばないけど。」

「此に袖を通しんした時、よもやおいそれではありんすが、自惚れてしまいんしたと云うのに…。ぬし様ときたら。」

「自惚れてちょーだい! もっともっとね…。」

またも一息で酒を口に含み。今度はそれ喉に流さず、向日葵の顎をクイと持ち上げ、すかさず唇を奪いて酒をその咥内に注ぐ。

「!?」

驚いて瞳を瞠らいたのは桜。
向日葵は平静と澄ました貌でこくり‥と酒を喉へ下す。

「…醜いか?、あれこれとした穿鑿は…――」

向日葵の背後に身置き、耳元から首筋に唇を添わせ窺い立てる様は、桜の知らない男の顔。

「さあ…――、如何でやんしょ。」

しれっとした面持ちに角度を足した向日葵の受け答えも、妖しげに思え。

「あ、あの失礼します!」

廓詞も忘れた真っ赤な顔が、慌てたように床へ落ち向く。

「桜、そういやお前、そろそろ水揚げでしょ?だったら勉強して行きなさいよ。」

「え?」

三つ指付いた面を上げると、向日葵の襟は肩下まで崩れ落ち、肌理細かで豊満な胸元にカカシの手が伸びていた。

「あーんな趣味の悪い布団で夜伽だなんて、考えただけで吐き気がしてね。だから次までに用意させとくよ。オレ専用の五ツ布団を…――」

きゅいと乳首を摘み、肩肌に唇痕を拵えだす。
それでも向日葵は吐息一つ漏らさず、唇を軽く噛んで凌ぐ。
その色香に噎せるように息を呑み見入る桜。

こうした営みに興味津々とした目を向ける少女を眺め、向日葵はにやりと笑い。無体を赦すかにカカシの側頭へ掌をそうっと添えた。

帯垂れる裾へ手が入れば、武骨な指が内腿を弄りだす。
それを追い出すように力入るも、割れ目に届くと陰核を逆撫でされてしまい。

「……ん、‥」

噤む唇端より華細い息が漏れれば、反射的にくっと小さく肩が跳ねた。
感度良くとする反応に盛んと其処を集中的に指弾き。ぽちりと勃ちた小さな乳首を、そうする手とは逆の指腹で緩く撫ぜ廻しつつ「可愛いよ…」と耳元より甘言を吹かす。

「‥…ん、…もぉ――、…堪忍。」

くしゃと銀髪を握り込み、着物の裾に入った幅のある手首をその逆方の手で掴み取りて窘めるかに抗う様にも、カカシは唆られ。意気揚々と牡を昂りつけた。

「駄ァ目。今夜だけはオレのもの…」

妄(みだ)りとなる手指が何処をどう動きいるかは着物で見えぬ故、知る由ならず。それが、桜の想像を一段と掻き立てていた。
毅然としていた相貌が愛撫によって艶やかになればなる程、美しさを増してゆく向日葵が酷く大人びていて。とても同い年とは思えぬとしながら、桜はその秀麗なる光景に惚気た溜息を吐いた。

そんな桜にも気を良くし、帯を解こうと伸びたカカシの手。
髪飾る簪を引き抜いた向日葵はその甲へと鼈甲の尖先を突き衝け、きつくと睨んだ。

「痛!」

靜となる呼気に鋭い眼差しは殺気めいており。深く心象を悪くしたと察知すれば素早く其処から手を離し。不機嫌顔で身なりを整える向日葵に諂っては正座に直りて両手を合わせて無言で頭を下げた。その姿は旗本との威厳などは微塵もなく。尻に敷かれた亭主のようで。しゅんと丸めた背中から見受けられる消沈ぶりや、これまでに見せた嫉妬じみた言動より幾ら遊びとは云え、どれだけカカシが花魁に惚れているのかが知れる。

「お怪我はなさいんしたか?」

そうと簪突いた手を取り見詰める向日葵の急に一変した態度に項垂れた頭をあげる。

「ん、…ああ、何のこれしき、大丈夫だよ。」

「…一目見た時より、わっちの一番のお気に入りとなった着物。まだ綺麗に着飾っていたいとの身勝手故の振る舞い。許しておくんなんし。」

「い、いや。オレもつい…。はは、そうか、一番ねぇ。そんなものをそんなに気に入ってくれたなんて冥利に尽きるなァ。」

照れつつも嬉々と後ろ頭に手をあてる顔は本当に嬉しいそう、だと桜は感じた。

「……それに――」

視線を逸らして唇を窄ませてはにかみ、詞を詰まらせる向日葵にすっかり気を舞い上がらせたカカシが注視する。

「ん?なになに?」

「………――いくら遊女とは云え、あんな顔などカカシ様。ぬし様以外に、見せとうないでありんす…。」

切なさに満ち憂いた眼差しを床へと落として悔しげに肩を震わせるも、こんな事を述べるなんてと恥じらいに頬は染まり。

その想いよりとの怒りの理由を知れば、尚も愛おしいと胸を締め付けられ。大の男が頬を染めあげる。

「…嬉しいよ、向日葵。」

どんな大尽でも此処では花魁には叶わないのだと桜は悟り、向日葵の手練手管を見習おうと心するも忽ちに一抹の不安を感じた。
果たして好いてもいない相手にあのように惚れたふりなど出来るものかと。ましてや、惚れてもいない相手に身を委ね、色事に興じたふりなど…――と。


そう、桜はこの時、既に恋をしていたのだった。



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