電車でGO-! 「ナルト。」 「何?」 真っ黒に焦げた鳩も仏壇に運んで皿が乗り切らないとアケミの上に被せたチビを視ずに声を掛け、立ち昇る線香の筋煙りを呆然と眺めていた。 「買い物に行く。一緒にこい。」 立ち上がれば縦長いウォレットを取り出しジーンズの後ろポケットに入れ、チェーンの金具をベルト部に着け鴨居に吊した衣紋掛けから短め丈の上着を掴み、それを羽織って玄関へ。戸を開ける頃には廊下を走り、ダンと玄関の敷居を足台にして跳ね、昨日と全く同じ和装の布地をベッタリと俺の背中にくっつけるチビの両腕が首根に纏いつく。 「うわーい!コレってばデートってヤツかっ?」 「…違う。デートは男同士じゃしない」 「だって現世(コッチ)じゃ大いにアリなんだろ?」 「何でそんなくだらねー知識はあるんだよ?」 「うーんと、じっちゃんの娘の一人の白眉のキツネ、オレのオバチャンなんだけどォ昔な、人間と恋をしてさ。障害があればあるだけ燃える情熱ってヤツで、ドッタンバッタンして子供が出来ちまったんだ。その子供がデッカくなって陰陽師っつーの?それんなって男同士でエロエムエッサッサ〜だったんだって。男のクセに女みてーにキレイだったからアッチ系に走っちまったらしくてな。でさ、そいつがさ、下界修行にいくっつーオレを陰陽な力で道作ってくれてアッチからコッチまで送ってくれたんだけどォ、オレってばその間ずっーーとソレっぽい昔話とかお惚気とか、まあ色々聞かされてて……、だから!」 ーーったく、何て親戚なんだ。 こんなガキに余計な知識を送りやがって。今の時代の人間がどんな物を食べ、どんな生活をしているかを教えるの方が道徳ってもんだろうよ…。 狩猟が主体の野性的な世の中じゃねーってのをな。 「昔と違って現代のが偏見薄いし、むしろ流行ってるらしいからいいなって。でさでさ、コッチついて庭からお前をチラって見て、自分が行てェってアイツってばマジ泣きしちまってな。何か…かわいそうだったから、今度機会があったら遊びに来いよって言ってあげたってばよ。」 「マジかよ。」 「お前に一目惚れしたんだと。よかったな!アイツさ色んな力あっから、きっと役ん立つぞ!」 「……いや、立たなくていい。」 はあ…と溜め息をつき、下がった肩先に回る細い腕。腰脇を挟み込む華弱い素足。 「降りろ。」とは言えず、消沈するばかりの話が否応なしに耳に飛び込む。 そんな最中、やや背中を倒しチビが落ちないようにと気を遣い歩いていた。 懐かしさが滲む。 そういや俺も幼い頃、兄の背中にこうしてしがみついていた事があったな。 五つの年上の兄の背中がやけに大きく広く感じ。いつか俺も追いつくんだと常に兄の背を追っていた。 今はもう、その背中に触れる事はない。永遠に……――― 「何コレ何コレ!すっげー!!」 声高くと張り上げ、背中からピョンと軽々しくナルトが跳ね降り、ハッとして昔の記憶を閉じる。 背中を伸ばして景色を目にすると、もう駅についていた。 キョロキョロと大きな目を動かすナルトの横より一歩前へ踏み入れ、改札口に定期を入れる。 「うおッ!」 「早く行け、扉が閉まる…」 「わ、わかった!」 自動改札機の開閉した扉が面白かったらしく、チビは定期を取って潜り抜けた後も振り返っていつまでも眺めていた。 「後ろばっか見てると転ぶぞ。」 「オ、オウ…。」 それでもチラチラと後ろを気にし段差を踏みしめ。しかし階段を昇りきった頃には、轟音鳴らす通過列車に釘付けとなり口をポカンと開けたまま立ちすくんでいた。 「…こっ、これが噂のぬこバスってヤツか?」 「バスじゃない、電車だ。」 「電車??ああッ!!アッチか!カワナシの方だったんだな!」 ポンと掌を叩き一人納得し浮かれ顔を振りまき、感動して佇む隣でいつ走り出すか分からない小さな手を抑制つけて握り締め、そういう解釈かと心中で呟いていた。 しかし本当に周りの連中にはコイツが見えないらしいな。 小さくとも目が行くだろう、コスプレ紛いの奇妙な格好をした金髪碧目のガキを視る気配はなく皆素通りしてゆく。 「あッ!きたきた!早く乗ろーぜ!」 繋ぎ握った手がグンと引かれる。案の定、思った通りに。 「駄目だ、走るな。それに足元に記されてる白い線の内側にいねェとお前、マグロになっちまうぜ。」 「え!!その線の向こうにいくとキツネはマグロになれんのか!し、知らなかったってばよ」 「…いや、そうじゃなく電車に轢かれてマグロみてェにバラバラになるぞって意味だ。」 「電車ってすげーッ!ところでマグロってなに?」 「魚だが、お前そんな事も知らないのかよ?」 「川には、んな魚いなかったぞ。」 「マグロは海の魚だ」 「海ーー…オレってば山から出た事ねーからわかんねーや。」 電車が止まり扉が開くと逸早く乗り越むかと思ったが、チビはそう言い苦笑いして俯き、小さな手をきゅっと俺の手に巻き付けた。 「ほら、乗るぞ。」 「おう!」 休日の昼過ぎ 普段よりも空いてる車内。 小さな手がするりと通り抜ける。下駄を穿いたまま椅子へと登り窓枠へ手をかけて発車を心待ち、ニコニコと笑うチビ。 期待感からか、海を知らないとする気鬱さは消え去っていた。 俺は誰もこの席に座らせないよう他の連中には空席に見える場所前を囲うように両手を吊革にかけ陣取る。 空席は他に沢山あるから誰も咎めはしない。 「わわっ動いた!動いたってばよ!動いたぞォ、サスケェー!!」 「…ああ」 「すげー!!早ェなっ、電車!あッ!隣にも電車きたァーー!抜かれんなよっ、頑張れオレの電車ァアアーー!」 オイ、いつからお前の所有物になったんだ? 「ぐぁあああ!ちくしょう抜かれたァ」 「アッチは快速だからな…」 「海賊?んじゃ‥しょーがねェな、オレってば海賊王になる気ねーし。今日んとこは負けるが勝ちにしてやっか。」 だから何故、そんな事ばかりお前は知識がある? 海って存在は知らねーんじゃなかったか? だから鮪が解らず、あんな落ち込んだような面みせたんだろが。 突っ込みどころが満載で快速電車の意味を教える気力もなく、うなだれて口を閉ざす。 余りにベラベラ喋ってると独り言の多い変な奴だと思われるしな。 はしゃぐチビは恐らく透明人間と同じような存在だ。 俺以外には見えない、声も届かないが感触はあるのだろう。 ナルトは食物を口にしたり、何にでも触れられるのだからな。逆なる物もその感覚は相互してる筈だ。妖精や妖怪と同じと解釈すれば容易いか…… 「アレ?、なんか遅くなっちまったけど腹減ったんかな?」 一つ駅を通過しアナウンスが流れる頃合、減速し始めた列車。それをきっかけに次で降りる事を告げれば不服そうに膨らんだ頬。 まだ乗っていたいのがあからさまに解る。 駅につき停車した時点でチビの手を掴みホームへと出ると、発車した電車へ余した手を振り、今度は機嫌良くと笑う。 「まったなぁああ!、また後でなァ電車ァァーー!!」 俺以外、誰にも聞こえない声を構内に響かせ、俺達を運んだ電車が見えなくなる迄ずっとナルトは背中を俺に向けていた。 [次へ#] [戻る] |