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accident-6



どんな出来事があったのかを朝起きて一番に確認する。
それがサスケの日課となって何ヶ月が過ぎただろうか。



碧水色の海を見下ろす高台にある屋敷が自宅だとの記憶はある。しかし家族と過ごした詳細な日々の数々は暈やけ霞んでは揺らぐ。
欲を張り過去を手繰り寄せる度々に襲いかかる眩暈や頭痛に額を押さえ込む。

「障害を持ち、一人で此処に暮らすのは困難だ。サスケ、お前さえよければ俺と一緒に…」

そう生活を案じたマダラの申し入れをサスケが断ってしまったのは、家族と一緒に過ごした場所まで失いたくなかったから。

残った僅かな記憶に縋るサスケの意を察しマダラは「せめて…」と世話係を雇い入れた。
干柿鬼鮫と言う名の巨漢である。
この男は兄のイタチにも仕えていたとマダラは云った。

その鬼鮫から兄の話を訊き、アルバムを眺め、サスケは家族との思い出を忘れないよう日記に刻む。

帰宅し復学してからの日常がこうして経過してゆく程にその冊数は増え、幾ら箇条書きで要所のみを綴ってきたとはいえ、サスケは既に全てを把握出来ずにいた。

勉学は得にだった。
その場その場の教養は採り入れるも、次の課程へと進む都度、習得したものが頭から消えてゆく……

教師の声は素通りするばかりで、一向に留まる気配はない。
黒板に書かれた文字が安易に消えるようにして次々と脳裏から失せてしまう。


幾ら努力しても、これはどうする事も出来ない。

そんな現実に直面する折、サスケは自分を情けなく思い頭を抱え、その鬱いだ表情を机に立てた教科書で隠していた。


授業中に良く見かけるようになったサスケのこうした態度はナルトの眼にも焼き付き。その人知れずな苦悩を察して唇を噛み締めていた。

ナルトは決してその事について励ましたりなどの言葉はかけず、寧ろ素知らぬ振りをしたまま普段と何ら変わらずな快活な態度でサスケに接していた。

けれどサスケには時折それが苦痛に思えてならなかった。

それよりも教師や級友達の同情からなる応対や好奇の眼と、どんなに掘り起こしたくとも思い出せない過去の自分を照らされ矢鱈と励まされる事が酷く苦渋であった。


(学業が成り立たないなら通学する意味がない…)

サスケはそう思い学校を休み続けてしまう。


“酷く具合が悪いのでは…”と心配してサスケの家へと出向くサクラの顔も次第に暗いものへと変わっていく。
サスケを安ずるも独り引きこもる家に出向く事はなかったが、彼女の曇る表情に堪え切れず。
“サクラちゃんのため”との理由を己への言い訳としてナルトはサスケの家へ赴き、有無も云わさずとサスケの自室に入り込んで挑発的に意を表す。

「サスケェ!!、てめーいい加減にしやがれ!!」

怒鳴るナルトの声が荒れた室内に響く。

黙り流すようにしていたサスケが鬼鮫が淹れた紅茶をソーサーごと床へ払い割ったのを機にナルトへ感情をぶちまける。

「お前に俺の何が解る!!」


孤独により不安ばかりが募る気持ちは、生まれて直ぐに両親を亡くしたナルトには解る感傷だが、記憶障害を背負ったその計り知れない苦悩は身を持っては知れず。
“分かる”と言えば“分かったフリ”をする事になると悔やみ、ナルトは掌に血が滴るほど強く拳を握り締め、項垂れた。

「もう俺のことは放っておけ…」


覇気のないサスケの口調にナルトは俯かせた顔をあげ、キッと睨みつけサスケの胸倉を掴みあげ、サスケに顔を寄せる。
突き刺さるような鋭さを浴びせる真摯な碧眼が、サスケの憂いた黒瞳に反映する。
様々な想いを募らせて浮かび上がったナルトの熱情は胸倉掴む拳までも震撼させていた。


「わかりもしねー事なんてなぁ、山ほどあらァ!! 」

「……。」

「だから、少しでもわかろうとするんだろ? 悩んで苦しんで…」

「知った風な口をきくな…」

「お前に言ってんじゃねーよ。お前の目ん玉に映ったオレに言ってんだ!」

胸倉を放すとナルトはサスケに背を向けてしゃがみ、割れた茶器を片付けた。その際、陶器の欠片で人差し指の先を傷つけてしまい顔を歪める。
一瞬の息詰めた呼気と物音を見逃さなかったサスケがナルトの対面にしゃがみ込み、怪我した人差し指を掴み取り、赤色の体液が流れ落ちるナルトの指をポケットから取り出したハンカチで包み込んだ。

白い布地に滲む鮮血に視線を預け、ナルトは唇内を噛み締めた。

「サスケ。…お前はもっともっと痛かったんだよな…」

心も身体も…と続く詞を胸内のみで呟き、勉強嫌いで頭も悪く、最初から家族のいない自分がだったら良かったのに…。と、身代わりになりたいと願いつつ、行き場のない悔しさに顔をしかめた。


脳内での記憶は失せても感覚が基づいていたのか。
ナルトの表情が陰るのを映す狭まった黒瞳は、記憶よりも失いたくない存在を認識し始めていた。



「…忘れちまったぜ、そんな事。」

手は借りないと目線を床に向け陶器の欠片を拾うサスケの横顔をナルトは驚いた様子で瞬き見る。

「……サスケ。」


「生憎、メモしてなかったからな。」

ゆっくりと立ち上がったサスケは、欠損した陶器を己の劣等に照らしフッと笑い、屑籠にそれを落とした。
その後で夕食をどうするか訊きに部屋へ訪れた鬼鮫に「ラーメンが食いたい。」と言付け「こいつの分も」とナルトを指差す。

「オレってば味噌!!チャーシュー大盛でェ!」

記憶を失せてからのサスケにナルトは自分の好物を教えてはいない。

偶然だったのかは解らないが、ナルトは都合の良い方に捉える事にして、鬼鮫に自分が足繁く通う店“一楽”のラーメンを三人で食べようと催促した。

その日の食卓は店屋物となり品数は少ないものの、賑やかだった。
普段は一人で食事を済ませてたから余計にそう感じたのだろう。とサスケは日記に綴り、明日から鬼鮫も一緒に席につくよう促そうと考えた。

ーー…が、

朝になり目を覚ますと、そんな配慮は記憶に残っていなかったらしく。用意された朝食を一人で済ませ、学校へと向かったのだった。

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あきゅろす。
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