尾を振り、後を向いた腕抱く子犬に釣られ、目を移すキバに映し出された光景は、此までの暗闇に慣れた眼を据えて感覚を取り戻さなければ成らぬ程明るさに満ち、それに加え立ち昇る水蒸気が靄がかり暈け揺らいではっきりとはしない物であった。
凝らした視線の先に浮かび立った人物の声を聴く迄は…と確定出来ずにじっと見つめては瞬きを確かめるようにしていた。
「よっ、…悪りィな。…すっかり、遅れちまって…━━」
息を弾ませ、目前にと足早くやってきた待ち人、シカマルの顔を、はっきりと瞳に映せば安堵した途端じわりと滲む。
しかし
『こいつにこんな顔見せてらんねー‥』
そう心で呟いて、キバは拳で溢れ行く雫をグシと力強く拭い、次に見せつけるかに歯を剥き笑うのだった。
「オレも今来たところだぜェ!」
「嘘つけ、馬鹿犬。」
見通した物言いに対して吊り上がった片口の端、言い返す唇が動く。
「へっ、遅せーんだよ馬鹿シカ!」
確かに時間まで約束してはなかったとしても待ってた事には変わりなくと、揶揄交えてシカマルに向け…――そう謂った距離感が常なる二人は互いが無事であった事を言葉なくと喜ぶ。
そして、それを嬉しく思う子犬が一匹。
「真っ暗でうろうろしてたらよ、赤丸が来てな。…で、ここへ導いてくれた…つー訳だ。」
「そう、だったのか…。赤丸は危険を察知して…、じゃなくてシカマルを探してココに……だったんな。」
耳に流れる音声に使命は果たせたと満足する赤丸の視界は、もう最愛の飼い主を見る事は出来ずにいた。
「ああ。赤丸には感謝しねーと…な?」
感謝は己ではなく自らの祈りを叶えてくれた使徒九尾へ…と、二人には伝わらない思いを胸に、乾いた鼻孔より燻る呼吸を段々と静かなものへと移しかえて行く……──
「そんじゃジャーキーいっぱいやらねーと!」
報酬を取り出し、与えようとする最愛の主の腕の中は、暗闇惑いし雑踏より幾度被った打撃と、激しい雨で冷えきった小さな身の限界に僥倖たる安堵を充足させていた。
「……赤丸…?」
小さな命灯を消して、ゆらり脱力した赤丸を不思議と思う腕内で、窺い立てし刹那、
地を裂く響きが極大と揺るぐ。
「うわッ!!?」
「キバ!!」
此までにない轟き鳴る音に、類い稀なる危険を計略し、愛しいキバを咄嗟に手繰ったシカマルは、動かぬ愛犬ごと我が腕内へ温もりを収める。
秋桜畑の大地を踏み跳ねる愛すべく者を全て包むよう、互いの身を引き寄せ合い
強くと密着する狭間、触れ合う服地より伝わる体温が何よりも心地良しと甘んじ、
ほぼ同時に
二人は瞼を伏せた……――
たとえ空が裂けようと
大地が悲鳴をあげ
海が割れようと
変わらない…
譲れない
守りたいもの
守りたい場所
ずっと一緒にいたい人
「‥うっ、…」
目覚めれば赤丸を抱くキバを離す事なく包んでいた。
暖かな陽射しに照らされた秋桜畑の中に寝転びながら。
眠っている顔を眺めて緩んだ唇をそっと、寝息立てる唇に落とす。
「…ん、…」
褐色の瞳が開き驚いた様子でパチクリと数度瞬き、何をされたか知ると頬を赤らめた。
それから辺りをキョロキョロと見回す、よく動く瞳がパッと嬉しそうに見開く。
「うっひゃああーッ!!凄ェー綺麗じゃんか!」
「…だろ?」
見せたかった。
見たかった、お前と一緒に。
手を伸ばして、一番好きな花色を一輪摘み採り、照れクセーがサッとキバへ差し出す。
「…一番なんだぜ、オレん中で、よ。この花が…」
「オレにくれんのか?、…サンキュー。」
膝に良く寝た赤丸を乗せ、俯きかげんでクン‥と花の香を嗅いでいる下がった頭を通して用意していた物を首へと通した。
「…オレのコレとよ、一応…揃いなんだぜ。」
穴の開いた耳朶を飾るを主張した。
赤色の丸い石はキバの誕生石。
こいつはそれを多分知らない。
「……お揃いかよ。…へぇ〜、シカマルにもこんなロマンチストな一面があったんだな!」
「チッ、…余計なんだよ、馬鹿犬…」
「じゃあオレからも約束の…――」
ポケットを探る手の首を掴まえる。
「気持ちだけ貰っとくぜ。」
「何で?」
「何かよ、腹減ってねーんだ。朝飯も食っちゃねーけどな。」
「オレもそうだけど、まだ腹減ねーし…赤丸起きたらにすっか?」
ぐっすりと心地良さげに眠り続ける赤丸のふわっとした頭を撫でる。
「赤丸の奴、凄ェ頑張ったんだぜ。」
「…うん、よっぽど疲れたんだよなァ、赤丸。ホント良く眠ってる…」
「安心したんだろ?…あったけーし‥よ。」
雨に濡れたハズの衣服が乾いている。
異常に赤い色をした異様な大きさの太陽は普段通りの色形をして
ぽかぽかと暖かな陽射しを振りまいていた。