先生は先生だから…
目が覚めたのは、随分と陽が高くなってからだった。
ぼ〜っとする頭を起こす。重くて腫れぼったい目に入ったのは、てめーの部屋じゃねーコトを知らされる景色。
手のひらにあるチョコの袋。
(夢じゃ、なかったんだ…)
「……………」
ギュッとチョコの袋を握り締める。
夢だったらどんなによかっただろう。
悲しみと怒りが、オレがやんなきゃなコトを教えてくれる。
いつまでも、ぐじぐじうじうじなんてしてらんねェ。
ヨシッと、てめーに奮い立たせるように、気合いを入れてベッドから起き上がる。チョコをサイドテーブルに置いて居間へ行く。
「おはよう…って、アレ?」
サスケの姿はなくて、ソファーにたたんだ毛布が置いてある。
昨夜サスケは、「やる事があるから先に寝ろ…」と、寝室にオレを追いやった。
色々と思い起こして考えて、結構な時間になってやっと寝付いたんだけど、サスケは寝室には来なかった。
どうやらサスケは、コッチのソファーで寝たみてーだ。それはオレに気ィ使って…だったに違いねェ。
今日は土曜日。
学校は休み。
だから、サスケがどこに行ったかはわからねェ。
テーブルに残った握り飯がない。サスケが食ったんかな?
オレの食べかけまで、なんてよっぽど腹を空かせてたに違いねェ。
腹ァ減ったから、食おうとしたけど残念。
まあいいや、それよか喉が渇いた。
取りあえず牛乳が飲みたいと冷蔵庫を開けて、昨日、オレが買った牛乳を取り出してくっついたパックの口を開ける。
そのままゴクゴクと喉に流す。よく冷えてて、うまい。
あんなコトがなけりゃ、この牛乳の半分くれェは母ちゃんの作る料理に使われていたハズ。そんで、うちの冷蔵庫にしまわれて、オレが朝起きてこんな風に口をつけて、母ちゃんに怒られて……――
母ちゃんの顔が浮かぶ。
怒った顔じゃなくて、明るい笑顔が……
家族との思い出が次々と頭ん中に浮かんでは消えてゆく。
「もう泣かないって決めたから、オレってば泣かねーんだ!」
てめーに言い聞かせるように声を張り上げから、唇を噛み締めた。
そして、沸き上がった感情を掻き消すようにシャワーを浴びに行く。
同じマンションだから間取りも使い勝手もわかる。背伸びして、棚を開け、ジャンプをしてバスタオルを掴み取る。
「うわっ!!」
掴んで引っ張ったのが、一番下にあったヤツだったからか、頭の上にバサバサとバスタオルが落ちてきた。
きちんとたたまれ、整頓されてた布地が床に落ちる。
一応、たたんで突っ込んでみようとしたけど届かない。
子供の背丈じゃしょーがねェと諦め、籐製のランドリー籠の中にそれを入れ、服を脱ぎ散らかしてオレは風呂場へと進み、シャワーの蛇口をひねった。
暖かい湯のしぶきで涙を流して、髪を洗い、顔を洗い、体を洗う。
体はサッパリとしたけど、気分は晴れなかった。
バスタオルでゴシゴシと髪を拭き、体を拭いて、脱いだ服を着ようとした時に気付く。
乾燥機付きの洗濯機が回る音に。
「サスケ、帰ってきたんかな?」
バスタオルを体に巻いてヒタヒタと廊下を渡り、居間へ行くと、オレの予想は的中した。
「髪、ちゃんと乾かせ。…風邪引くぞ。」
「髪よか、服だろ!なんで洗ったんだ!!着るモンねーじゃんか!」
「服は買ってきた。下着もだ。」
サスケが投げた大きな紙袋を胸元でキャッチする。
「へェ…、気がきくじゃん!先生。」
「先生と呼ぶな…」
「だって、先生じゃんか、殺しの…」
サスケは無言で厳しい顔をする。ふれて欲しかねーと言わんばかりに。
ガサゴソと袋から服を取り出すと、着慣れねーモンに目を瞠った。
「な!…なんだこりゃ!!」
ヒラヒラとした丈の短い女の子の服。
いわゆるワンピースってヤツ。
「こんなの着れっか!変態教師!!」
「それは外出用だ。生憎そんな悪趣味は持っちゃいない。」
「外出用?」
「」
「じゃあ一体、なんだってんだよ!!」
「お前が男だと知れたら身元がバレる可能性がある。ヤツらは躍起になってお前の消息を探ってるだろうからな。万全を期してだ。」
そう言うとサスケは小さな袋からオレの髪色に似た腰までの長さはあるカツラを取り出した。
「ついでにコレも被れ。じゃないと一歩も外には出さない。何があってもだ。」
淡々とした表情を一つも変えるコトなく、オレにそうした必要性を訴えるサスケの真剣さに否定は出来ない。
復讐のためなら仕方ないって思う。
「わかったってばよ。でも、家ん中じゃ頼まれたって、そんなモン被らなねーし、こんな服も着ねーかんな!」
「ああ。」
グシャグシャっと紙袋ん中に取り出したワンピースをしまい、その下にあった服を取り出す。
コレも女の子のモン。その次のも、その下にあんのも…。
「だァアアアーー!!てめー、…やっぱり変態じゃねーか!全部スカートだとかそんなのばっか買いやがって!」
ワーッとなって袋ごと投げ出すと、サスケはフッと笑って、別の紙袋をオレに投げつけた。
ムッとして袋を開くと今度はトレーナーやらジーンズやら、男モンの服や下着や部屋着が折り重なっていた。
「サッサと着ろ。着たら髪を乾かしてやる。昼飯はそれからだ。」
テーブルにはハンバーガーの袋が置いてある。
大きさからして結構な量だってのがわかる。
グー…っと腹の虫が鳴る。
オレは下着をつけ、トレーナーとジーンズに着替え、「早く乾かせ!」とサスケを急がせた。
ドライヤーの温風と優しく髪に手櫛を入れるサスケの指が、母ちゃんよか丁寧で気持ちいい。
けど、もっとサッサとパッパッとしてくんねーかな?
「なぁ…」
「何だ?」
「まだ…なんか?」
「もう少しだ。…生乾きはよくないからな。」
「腹減った、腹減った、腹減ったァアア!!腹減って死にそうだってばよ…」
「ジタバタするな。そう簡単に死にやしねーから安心しろ。」
「もう十分乾いてるって!」
「内側がまだだ。もう少し…」
「なんでそんなキッチリなんだよ!」
「体調を崩すと的確な判断さえ出来ないからな。」
「オレってば丈夫だから風邪なんか引かねーって!」
「馬鹿は風邪を引かないって言うからな…」
「うっせェ!!嗚呼、ハンバーガー、冷めちまう…」
「オラ、終わったぞ。」
カチっとドライヤーを止めるサスケを払いのけ、テーブルに手を伸ばして二段重ねのハンバーガーを掴み取り、頬張る。
「いっただき、まーす!」
「行儀が悪いぞ、ちゃんと座れ。」
学校じゃ口数少なかったってのに、母ちゃんみたく口うるせーんだな、サスケって。
「あ、うん!」
ガタッと椅子に座る。
「口の周りがソースでベタベタだ…」
ペーパーでオレの口元を拭い、眉を顰める。
サスケは綺麗好きで、母ちゃんよりも世話焼きで、キッチリだ。
でも、何か悲しさが少しだけ紛れて、あったけェ気持ちになったのが不思議だった。
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