誓いという名の願いごと
だが、それ以上どうしていいか解らず。息が触れ合いそうな距離で止まり。俺達はただ見詰め合った儘、固まっていた。
林檎のように頬を真っ赤に染めるナルト。きっと、俺もナルトと同様に…だっただろう。
頬の火照りを感じる。
覚悟を決めたかに戸惑った碧い瞳を強く閉じ、顔の中心を強張らせたナルトに合わせ、何も考えられずと瞼を閉ざす。
次の瞬間、ゴチッと鈍い音が重なった。
触れ合ったのは期待した場所ではなく、額。
至近でニッと口角を広げナルトが「へへッ」と笑う。決して揶揄してではなく、嬉しそうに。
ふいにバッと離されたかと思えば、いきなり背を向け走り出す。
“千成神社”と書かれた大きな鳥居を潜ると、一旦立ち止まり、此方へと振り向いた笑顔。
掲げあげた手が急かすように俺を招く。
「サスケェ!コッチ、コッチィ〜!!」
ナルトが、変に昂った雰囲気を壊してくれたおかげで我に還った。
ったく、男同士で何をしようとしてたんだか…。
冷静になれば、益々と恥ずかしい。己を戒めた溜息を長くと吐き、そして気を取り戻す。
他人との接触を避けていたからか、馴れ合いに舞い上がっちまったらしく、勘違いなる邪念が沸いたのだろう。
刹那の不実な行動をこれ以上深くは考えずに、そう割り切ってナルトを後追い、石畳を踏みしめる。
田舎の古そうな神社にしては、立派な建造物だ。
それへと真っ直ぐ連なる道脇に並ぶ奇っ怪な形をした石像達に今度は目をやる。
穏やかでない鋭角な眼をした狸、二叉の化け猫、海老の尻尾を三本つけた亀、ゴリラのような四尾の申、海豚頭を持つ五尾の午、六尾の蛞蝓、七尾の甲虫、八本の蛸足を持つ丑。尾数の順通りに並ぶ八体の見たこともない偶像が、何に携わっているのかが気になった。
「変わった石像だが…、一体何を祀ってるんだ?」
「トイレの神様じゃねーことは確かだってばよ。」
「………。」
「…千成(せんなり)さんは里の神さんで、千成さんのおかげで里の皆が幸せに暮らせてるんだってバァちゃんが言ってた。」
「氏神ってとこか…。」
「うじうじしてる神さんかどうかはわかんねーけど、メチャクチャ御利益はあっからさ!ココで誓いを立てるってばよ!」
ナルトに腕を引っ張られて本殿へと続く階段を登り、その前へ佇み並ぶ。
「何の誓いだよ?」
「何が何あっても、どんなに遠く離れてても、ずっとオレ達は一緒だってな誓い!」
そう言って無邪気に笑い、上着から首にぶら下がる蛙の形をした蝦蟇口から五円玉を取り出して、それをオレに見せた。
「五円でいいのか?」
あまりにも少ないと感じてナルトに問う。
「ご縁があったから、二人が会って、それが十分な縁になりますよーにってな感じ?」
そのこじつけにはコイツらしいとフ…と笑みを漏らして、俺も財布から五円玉を取り出した。
これで合わせてナルトの言う十分な縁…となるのか、と一瞥して。
「そんじゃ、サスケも一緒に、せーのッ!!」
掛け声に伴い同じタイミングで賽銭箱に小銭を投げ入れ、一緒に紅白の縄を掴み握って、元気よくガラガラと鈴を鳴らす。それからパンと手を叩き併せて眼を瞑り、共に願い事を胸中で祈る。
願掛けというより感謝の念を焚き付けていた。
ナルトと出会いと縁を素直に喜ばしいと…――
心中の思いを告げ終えて瞼を開ける。
隣で未だ瞳を閉ざす横顔。その真剣な面持ちとやけに長い沈黙から、おそらく有りっ丈の思いを馳せて、成就を願っているのだろう。
厳かと眉間に寄る皺も、それを物語っていた。
そんなナルトの姿が微笑ましい。
「よっしゃ!!、じゃあ、オレはアッチにちょっと用があっから、サスケは適当にして待っててな!」
瞳を開くと、神妙な面持ちを一瞬で掻き消した笑顔を俺に放ち。ナルトはその先に横並ぶ社務所へと駆け寄った。
俺は、一度鳥居を抜け、再び本殿へと向かい。小銭を取り出しては賽銭箱へとそれを放り、ナルトがいるこの里にまた訪れる日が来る事を願った。先ほど願い事はしなかったから、二度詣りだとして。
そうしてから、境内にある湧き水を口にし。ペットボトルの天然水とは比べものにならない清涼感に、安息をつけ。雄大なる自然が醸し出す前景を見渡しながら、ナルトが来るのを待っていた。
「サスケェー!」
駆け寄るナルトの笑顔と玉砂利跳ねる足音が近付く。
「ハイ、これ!!」
目に入ったのは、通常のものより、少し大きめな橙色の御守り袋。
「サスケにお土産だってばよ!」
長い紐がついたそれを俺の頭に通して首へとぶらさげる。
「身代わりの御札が入った御守り。きっと、サスケを護ってくれっから…。」
「………ありがとう。」
優しさに溢れたナルトの笑顔。俺からも何か…――としたいがめぼしいものはなく。
ナルトが一度向かった社務所へ駆け出し、色違いだが同じ御守りを買い、ナルトの元へと戻り、ナルトが俺にしたと同様に首へとそれを掛けてやる。
「ナルト。…お前も加護があるように…」
驚いたかに瞳を真ん丸く開いて俺を見つめる碧の玉。そうした後、はにかんだかにゆっくりとまばたき、そっと御守り袋を重ねた両の掌で包んで俯いた。
「あり…がと…」
静かなナルトの笑みと、朧気な声色。
喧しい奴がしめやかとする様子から、その感激ぶりが知れ、俺も何だか酷く嬉しかった。
ぐしっと俯かせた顔を雑に拳で拭い、晴れた笑顔を弾ませる。そんなナルトが人差し指と中指を真っ直ぐに揃い立て、俺にそれを差し向けた。
「これは里に伝わる忍者の和解、つまり仲間ってする“印結び”だってばよ。別にオレ達はケンカもしちゃねーけど、誓い合った仲間っつーコトで!」
「つまり、親睦を結ぶ印って事か…。」
忍者だとかに興味がないと言ったら嘘になる。
幼い頃には忍者や侍に見立てた戦隊ものに密かに夢中になっていた。
だからか、忍伝説のあるこの里は興味深いものがある。
あくまでも逸話としてだが…。
いや、天叢雲剣も実在すると知って尚、そそがれる。
そんな興味に促され、俺もナルトと同じ形を指作り。差し出し、繋ぐようにナルトの指に絡ませる。
たった一日という時を過ごしただけだが、何故か運命的な不思議な縁を感じた。当初はナルトの一方的な思考だと思ったが、何だか違う。
友達やら親友やらの言の葉に決して釣られたんじゃない。
この言い表せない気持ち。それは……――
“俺とナルトは唯一無二なる者”という事をこの時、感じていたからなのかも知れない。
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