Lunatic gate-3 「!!!」 我を忘れかに見開く少年の目前で、たった一人の親友が背中を丸めるようにして足許を崩しゆく。 「ぐッ…――」 鏝(コテ)のような形をした鋼鉄の絵筆は、その使い込まれて鋭さを増した切っ先を外腿へと埋め、緋(あけ)色を滴らせている。それは唐突なる衝撃によって二人の距離感が離れる以前、既よりのもの。本来的には、陰腹を狙って…だったが、身を呈するように突出した巨漢によってそれだけは阻止され、致命傷とも成らずに済んだ事が此幸いとなったは良いが、鬼鮫とナルトのショックは相当のものだった。 「ナルト。お前なんかを頼りし、信じた俺が愚かだった。……なあ、そうだろ?、兄さん…」 後方の問い掛けは背向けた巨漢へと視線を向けて放ったもので。サスケが視る幻影は、まだ終焉を迎えてはいない。 「………いや、サスケお前は悪くない。勿論ナルト君もだ。此れは避けられない事故を要因に被せたのみの、謂わば“運命”だったのだからな…。」 鬼鮫はそれを後目で読み取り、声色こそ違うがイタチの口調を真似てサスケにそう言付けた。 仕方が無いのだと、サスケが己を責め、身も心も此以上、傷を負わないようにと願って。 「運…命…?」 「そうだ、誰しもが生まれ以てに定められたもの。どうあっても変えられない成り行き上故に誰もを咎める事は出来ない。」 「…父さんや母さんは…――。」 「……残念だが、現実を受け入れるしかない。」 「うっ、…ぅあっ、あああアアアアアアアアーー!!」 「サスケェ!!!」 丸み付けた背を今度は弓の様に撓らせては仰け反り、怯えた叫び声を響き渡らせつつ頭を抱える親友の元へと、己庇う巨漢を跳ね退け咄嗟に近寄ったナルトは、己の上着を両手でビリリと帯状に切り破り、傷ついた部位より上側へと先ずはそれを巻き付けてから、刺さった儘のペインティングナイフを抜き取り、患部を保護した。 そう、サスケはナルトを責めはしたが、彼の身を傷付ける事だけは本能だったのか恐れ、自らを傷付けたのだった。鬼鮫もナルトもそれは想定外であった。 「サスケ様!!」 万が一の時には…と備えていたのにも関わらず、善きとした言動は結局、最悪は避けられたものの役立たずとなった事を発端に鬼鮫は酷く落胆する。その為か、ナルトの馬鹿力によって尻餅をついたまま何も出来ず名を叫ぶのみとなり。半ば茫然自失となって術を失ったかに二人を傍観していた。 「ああ…、父さんッ、母さん!!兄さん!!……何故、…何故、俺をおいてく?何故、何故だアァァーー!!」 天を向き、現実が見えずと血走る双眸。振り乱した髪。彼方此方から鮮血を垂らして戦慄き震える身。発作的なる言動から考えられる良きとは思えぬ事態を察知し、ナルトはサスケの凶変を防ぐかに力籠めた数本の束ね指を上下の歯牙間に食い込ませた。 「うぐぅぅ――…!!」 「頼むから、落ち着けって!サスケッ!!」 歯先がナルトの指皮に食い込むが、その痛みよりもサスケの動向を気にし、身を案じて片腕でサスケを抱き締め、背中を撫でる。 その時、静寂とした外気にけたたましいサイレンの音が至近に響き、すぐさま止んだのと引き換えに、室内の騒動が聴こえたのか、呼び鈴を鳴らす音と同時「失礼します!」との急いだ声と鍵を掛けてはいない扉が開く音がした。 鬼鮫はその音にハッと我を還らせ立ち上がり、即座に開きっ放しのサスケの部屋の両扉から廊下へと赴き、担架を持つ救急隊員達とカブトを誘導する。 「随分とまあ荒らしたものだね。」 「んなのいいから、早くサスケを診やがれってんだッ!!」 散らかった部屋を落ち着いた様子で眺め呑気に苦笑いするカブトの余裕綽々とした態度が、逆に緊急を要するものではないとの判断が出来、鬼鮫は幾許か安堵はするも、ナルトは現れた医師のその冷静さが気に要らず、憤怒露わに声を荒げた。ナルトの忠言を耳流すカブトは救急隊員達に専門用語で指示を仰ぎつつ、薬瓶と注射器を鞄から取り出し、坦々とその準備をしていた。 救急隊員達はサスケの背後を捕らえ、掲げる片腕をがっしりと固定する。 「ハイハイ、じゃあキミはサスケ君の口から指を放して、そのままーー…」 そう言いながらにカブトは、視覚のみで把握した静脈へと即効性のある薬液を注入する。 「うっ!!」 手慣れたかに静脈麻酔を終えると、涙流す漆黒の双眸が静かに閉され、ガクリと力抜けた頬がナルト肩へコトリと落ちた。 「今の内だ、急ごう。」 「はい。」 冷静な声色ではあるが急を要する返答に伴い、手際良くサスケを担架に乗せ、慌ただしくと救急車へ運び込む救急隊員達。カブトはその間に鬼鮫に言付けを渡して、駆け足で公共の救急車よりも大型な私設車両に乗り込んだ。 「サスケェ!」 それを追いかけるナルトを払い、再びサイレンを鳴らしスピードをあげる緊急車両に、ナルトは追いつけはしないと解っていながら、そのテールランプを追い駆けていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |