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田舎へ行こう!

その週末。
春休みを利用して、俺は南賀ノ神社へと向かった。


目的とする場所は、都内から特急電車の後、数本のローカル線を乗り継ぎ、更には1日二本しかないバスを乗り継いで行かなければならない辺鄙な所だった。


都会から離れれば離れるほど、建物の低さが目立ち、駅間隔も広がってゆく。
乗り継ぐ電車の本数も少なく、待ち時間も多かった。
そして乗り換える度に車両は短くなり、マニアが喜びそうな古めかしいエンジン音を響かせた。


「車を出せば済む事だが、此も社会勉強の一環だ。」

父さんが放ったその言葉の意は、決して贔屓とかじゃなく、何事も己で体験しろとの意味合いだろう。
こうしたのんびりとした旅も、たまにはいいものだ。
急かされず、ゆっくりとした時間を味わえるのだからな…。
そんな悠長な事を思っていられたのは、昼過ぎに駅前より発車したバスに乗り込み、その車窓から冬景色に見舞われた大地を眺めながらに瞼を閉じるまでだった。


「オーイ、にいちゃん、起きろぉ!」

「………ぅ…」

体を揺さぶられて目を覚ます。

「終点だぞ、終点。」

「なっ!!」

「悪いけんど、後の業務があっからもう降りてくんねぇかなァ?」

「夕刻の折り返しとなるバスは何時だ?」

「今日は土曜だし、まンだ冬場の運行だからぁよ、こんバスが最終だったべ。」

「なっ!!」

認識が甘かった。出だしからこんな初歩的やミスをするとは情けねェ。

「こん場所は人っ子ひとり住んじゃねぇけんの。猟が解禁となりゃあ、狩人くれェは来っけンど……あんちゃん、おめ、何でまた、こっただトコまで来たんだ?」

「暁雲村役場前で降りるつもりだったんだ。」


「そだったんか。そりゃまあ、随分とまた寝過ごしちまったなあ〜。」

「……――。」

「ここいらは車も滅多に通らんしィ、もう山道歩ってくしかねぇべ。」

「…わかった。」

「こン道をドコまーでもォ、真っすぐ行って、木の葉っつーバス停まで歩きゃあ、車くれぇ拾えっだろ。」

「木の葉…だな?」

木の葉という名称は兄から聞いて知っていた。
だが、それはどこだかは知らない。
携帯で現在地検索をし地図を開き確かめてみるか。俺は、そう思い携帯電話を取り出した。

「ああ〜!!携帯なんてな、んなモン、ここいら一帯じゃあ全く使いモンにならねぇべさ!」

運転手の言う通り、携帯電話の電波は圏外を示している。

「出来りゃあさ、バス出してやりてぇンだけどよ、組合らがァうっさくてよぉ。わりィやなァ、あんちゃん。」

せめてと暁雲村役場までの簡易な地図をメモ用紙に書き、俺に渡すと、運転手は業務へと戻っていった。


本当に迂闊だった。
何のために明け方に家を出たんだか……


山深い冬景色を見渡す余裕も、澄んだ空気を楽しむ余裕すらもなく、自己嫌悪を祓うかに踏みしめる足元へと視線を落として山道を歩きながらに、見送りをしてくれた兄との会話をふと思い起こしていた。


「実はな、お前にだけは伝えておくが、オレは以前、南賀ノ神社へと一人で赴いた事があってな。」
「いつ、いつだよ!いつ行ったんだよ、兄さん!!」

「四年前、今のお前とあまり変わらぬ歳の頃だ。」

「……啓示を受けて…か?」

「いや、単なる興味本位でだよ。」

「……。」

何故だかは分からないが、兄の言葉には何か裏があるように思えた。
しかし追及せずに聞き流す。

「日帰りを予定しているとは言え、山間にある道中、何か起こるかは分からないからな。金銭も多めにし衣類なども一応入れておいた方がいいぞ。」

「ああ、一泊するつもりで準備はしておいたぜ。」

「なら良い。気を付けて行ってこい。」

「ああ…。」


当時の兄さんはこんなミスはしなかったとは思うが、交通の便の悪さは勿論、昇降激しい山道の起伏をも知っていたのだろうか。


登り下りを繰り返す山道を二時間近くは歩いてみたが、未だ民家の一軒も見当たらないとはどういう事だ?
バス停はいくつか過ぎたが、本当にこの地図通りに辿ればいいものかと疑っちまう。

しかし、車道とするような道は此処しかなさそうだ。

「後は獣道ってヤツか…。」

だが、人が通った形跡がある。
近道かも知れないと思い寄るも、暮れなずみゆく陽を目の当たりにして冬の装いを残す山道で迷う訳には行かない。
それだけは避けたいと、車一台しか通れない幅の塗装路を辿り続ける。


数分後、陽はすっかりと落ち、辺りは闇に閉ざされた。

街灯もない山間の道は体感した事のない暗さを纏い、視界を奪った。

携帯電話で灯りを採れたのは幸いだったが、一時間も経たないうちに電源が切れてしまった。

「…クソッ!!」

電池式の充電器を用意してなかったのが悔やまれる。

灯りも人気も一切ない見知らぬ土地での暗闇。
深雪残る幅の狭い道。
身を刺すような寒気。
恐怖心を煽るには十分な条件だ。

だが、怯んでる場合じゃねェ。今日中に、南賀ノ神社まで行かなければならねェからな。奮い立ち、意地になり静寂漂う道を残雪に足取られらないよう、留意して歩く。


相変わらず、動物くらいしかない気配。

誰でもいい。
人の気配を無性に欲してしまう。

都会で何不自由なく暮らしてたからか、強靭な精神力も体力も、どうやら足りないらしい。

「俺は、まだまだ甘い。甘過ぎるな…。」

持って来た水も底をつき、途方に暮れたように夜空を見上げる。

「綺麗だ…。」

煌びやかに瞬く星と月明かりには救われる。


その時だった。
思わず、眼を眇めてしまう程の点灯に背中を照らされたのは……。

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あきゅろす。
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