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流転


コンクリートで出来た階段を昇ってくる音がする。
コツコツと響く踵の高い靴音が近付く。

サイの部屋奥に住んでる者だろうか。

帰宅を目指す足音が止んだ、素通りする筈の玄関前で。そして、置かれた猫の死体へと注視が向けられる。

瞬時に見開く目。
頬に両手を添え、息を啜ったかと思えば、やや上体が仰け反る。

「きゃあああああー!!」

女特有の疳高い悲鳴が大きくと響き渡る。
すると、何事かと、ざわめき立てる住民達が普段は合わせない顔を挙(こぞ)って覗かせ。野次馬の如く部屋から出て来ては、サイの部屋の前に集まり、ナルトの死体を覗き見て、無惨に切り裂かれた腹の傷口に息を潜めた。



付近にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、アパート前の路地を塞いだのは、その数分後だった。


沈黙を保っていたサイの部屋のチャイムが鳴り。武骨な拳でドアが叩かれる。

窺い立てるように扉を少しだけ開けたサイは、血が固りつつある片目を押さえ、僅かに開いたドアから不躾に玄関先へと入り込む警察官や刑事らを顔色一つ変えずに見やった。

「少しお尋ねしたい事があるのですが…、御協力願えますか?」

「…はい。」

「随分酷い怪我してるけど、どうしました?」

「ちょっと、猫に引っ掻かれて……」

「猫ってキミの部屋の玄関前で死んでた、この猫かい?」

そう辛辣に問う刑事がナルトの遺体を見せるようにして扉を開ける。
サイの視線はすぐさま其処へと注がれた。

「その猫がボクと一緒にいたいって騒ぎ立てたので、処分したんです。ここはペット禁止だし、近所迷惑になったらイケナイと思ったので。」

悪意など毛頭無きといった風な口調で、顔色を変えず。寧ろ善行だと主張する様子で淡々と返すサイの言動は、良識を履き違えたものとしか思えない。

「玄関のドアが開いた時から気になってたんだけど…、なんか臭うんだよねぇ。…生臭い感じの臭いがさ。」

次に飄々とした風貌を宿す、銀髪の刑事が嗅覚を利かせて、辺りを見渡した。

「ああ、それはボクと恋人の愛液ですよ。」

ニッコリと微笑んだサイに不審を抱くのは、当然だった。

刑事達は、互いの顔を見合わせるようにして視線を交わし頷くと、必要だと感じた権力を行使する。数人の刑事らが一斉に部屋に踏み込み。サイを逃がさないよう、包囲網を張った。

「先輩、これは…!!」

「あ〜、死後2日近くは経ってるなァ。何か悪戯されちゃってるみたいだし、損傷も痛々しいねェ。…鑑識、急ぐように伝えてくれる?」

「了解。」

「はたけ警部、河原に棄ててあった盗難車なんですが、潰れたフロントに付着した血痕が、轢き逃げされた害者のものと一致しました。それと車内に付着した血痕と、シートに落ちてた桃色の頭髪は、双方同じ女性のものである事も監察により判明しました。」

「了解。ここに遺棄された女の子の遺体も同じ髪色だよ。ま、桃色なんて珍しいからビンゴかな?…テンゾウはどう思う?」

「まだ確定は出来ませんが、先輩の意見と同様です。ほぼ黒で間違いないでしょう。」

「うん、うん。…じゃあ令状の手配をお願いしようか。あと、またソッチでなんかあったら教えてちょーだいって伝えといて。」

「了解です。」

「はたけ警部、鑑識チームが到着しました。」

「じゃあ早速、検証に入ってもらって。それと表にテープ張っといてくれる?」

いずれ証拠となる手懸かりを提示した声に確証となる憶測をつけ、手際良く捜査が進められる。
隠蔽したものが明るみに出るのは最早、時間の問題だろう。
そんな最中、サイは捜査の邪魔をする事なく、寧ろ協力的に質問に答え。片や、玄関前では俺の住んでいたマンションを管理人が、ナルトの亡骸を確認し、警官から事情聴取を受けていた。

「ええ、この猫は確かに307号室のお宅で飼われていた猫です。マンションの契約書にも追記されてますから。間違いありませんよ。」

「御協力有り難う御座います。はたけ警部、猫の遺体の身元が割れました。この猫は轢き逃げにあった被害者が飼っていた猫だそうです。」

「ご苦労さん。鑑識が終わったら鄭重に扱ってあげないとな…。」

「令状取れましたよ、先輩。」

「了解。緊急逮捕でもいいかと思ったんだけど。…一応。」

警官に事情を説明していたサイは、部屋の中やサクラにフラッシュがたかれると、その光景を、まるでドラマでも観ているような眼差しで楽観し、高揚を隠せずと戦慄かせた様子で気を漫ろとさせていた。
銀髪の警部が包囲を割って、己を捕獲する金属を取り出し至近で翳しても尚、サイの現実性のない表情は変わらずだった。

「午後7時31分、動物虐待及び殺人、死体遺棄の容疑で逮捕する。」

冷たい金属の輪がサイの両手首に重く押し掛かる。

サクラは拘束されたサイの背中に憑き、連行される際、一度深々とナルトの遺体に頭を下げた。選択を急ぎ過ぎたと後悔したように。
その瞳は涙で溢れ、実在する輩には見えない滴を足元に落として、見受けた者との定まった距離を保ち、通り過ぎていった。


その後、サクラの遺体が搬送される。


サクラは恐らく、サイに施した陰徳が認められ、再生を許されるだろう。
そう、何となしに予感する。
神や仏がいるならば…と。




現場を指揮した男は、部下である刑事達にサイの身柄を預け。一旦、鑑識らや警官ら後を任せたと伝えて、部屋から出て来た。

そいつは玄関前から少し離れた場所に移動されたナルトを見るや否や、しゃがみ込み。透けた俺の幽体を双眸に宿す事なく、穏やかに微笑むと、ナルトの頭をソッと撫でた。

「…全く、お手柄な猫ちゃんだよ、お前は。」

細めた双眸は柔らかくと敬意を払い、哀悼を捧げ。ゆっくりとナルトの頭を撫で続ける。

「ありがとう。お前のおかげで犯人を逮捕できたよ。後はオレに任せてれば事件は解決し、アイツは重い処罰を受ける事になるだろう。だから、主人と一緒に安心して眠るんだぞ。」

そう言うと、くたびれかけた背広の上着を脱ぎ、ナルトの亡骸を丁寧にそれに包んだ。
それから、そいつは膝枕に見立たようにして座り込んだ俺の幽体から、ナルトをゆっくりと離し。赤子のようにしてナルトを腕に抱いて連れゆく。
階段を降りる、刑事の後を追う。
警官の手によって開く助手席の扉が閉められても、窓に貼り付くようにして未練たらしくと刑事の腕の中を見詰め『またな…』と呟く。


赤灯を回転させる車両が、護送を知らせるサイレンを響かせて遠退いてゆく。
完全にその音が止むと、辺りに静けさが戻る。

その場で立ち尽くしたまま、望月の輝き映える夜空を朧々と見上げる。
ナルトの面影を浮かばせると、柔らかく安定した月灯が微笑んだような輝きを放った。

最後までナルトを見届ける事が出来た。

これで現世に未練はない。

さて、そろそろ逝くとするか。


ナルトに逢いに……――








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あきゅろす。
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