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「遠くも近くもない未来って言ってたのが少し前だから…まあそのうちかな」
「そう」
まるで絵空事でも語るような口ぶりだった。穏やかに己の死を語る。笑うように口の端を持ち上げて。
見ると、死を受け入れた殉職者のような、澱みのない澄んだ眼差しをしていた。
その目と目がかちあったとき、ぎくりと体のどこかが震えた気がした。
怖くはないのだろうか――死んでしまうことが。これまでに積み重ねてきた記憶も馴染んだ肉体も感情も生きてきた軌跡も何もかも、失ってしまうことに悔いはないのだろうか。
…聞けなかった。
聞こうとして…何故だか分からない、分からないけれど、聞いてもいないうちから哀しさがふつりと胸の中に灯って小さくくすぶった。
「じゃあなファースト。ちゃんと仕事しろよ。私のぶんも」
「えー、嫌だよ」
哀しい。どうして哀しいんだろうと考えて…よく分からなくなった。
首をもたげ、ゆっくりと白い月を見あげる。月の裏側は完全な闇に覆われているのだろうかと、どうでもいいことをぼんやりと思った。
横を見る。既に彼女の姿は風のように消え去ったあとだった。残像さえそこにはもう残ってはいなかった。
「せっかちだなぁ」
――僕は、僕も…。来たる時にはああやって彼女のように、素直に死を受け入れられるだろうか、流れる水のように抗わずに摂理に添えられるだろうか、そんなことを考えた。一通り考えてみたけれど、答えなんてちっとも見える気がしなかった。
「確かに…、」
気を取り直すように嘆息する。嘆息して呟きながら体をねじるようにしてその場に立ち上がる。重心が揺れたためキィ…と観覧車の蝶番が小さくきしんだ。
「確かに受け取ったよ。…君との約束」
そういえば最期っぽくない別れ方だったなとふと思って…ただそう思って…また小さく息をついて少しだけ笑った。
♯君との約束
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