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紫は足を止め、そこを見上げた。

真新しく、どちらかというとモダンな印象の、しかし飾り気のない中規模オートロックマンションが眼前にそびえている。

あらかじめ電話で聞いていた番号をプレートに入力して呼び出すと、いきなりインターホンからけたたましい笑い声が飛び出してきたがすぐにプツリと途切れ、横のガラス張りの扉が開かれた。

紫は変なものを見るような目でインターホンを二、三度振り返りながら扉をくぐり、エレベーターを目指した。


ワンフロアに四世帯が居住するこのマンションの最上階である六階には、入居者は一軒しかないようだ。
紫は表札を見上げながらすたすたと奥へ進んでいく。

立ち止まった先、黒い扉のノブを躊躇なく回した。鍵はかかっていない。

いくらオートロックとはいえ無用心な気がして、静かにドアを閉めると施錠しておいた。

先程のけたたましい笑い声からして相当盛り上がっているのだろうと思っていたがしかし、屋内は妙にしん――と静まり返っている。

脱いだ靴を揃え、目に止まった戸に手をかけて開けてみた。


「…………。」


昼下がりの部屋はレースカーテンごしの光を取り込んで明るく、奥角の方にはデスクと本棚がある。

肘置の付いた大きめの椅子に座っている聖と、ベッドの側面に背を預けて両手で顔を覆い、肩を震わせて鳴咽を漏らしている葵の姿がそこにはあった。

八畳ほどある部屋の中心にはローテーブルがあり、そこには菓子の袋やら瓶や缶、ハンディポットなどが所狭しと並べられている。

耳を澄ますと、MDコンポからは何とか歌詞を聞き取れるくらいの微弱な旋律が流れていた。

紫は空気を読み、この場に相応しい言葉を選んだ。


「この女の敵め」

「…言うと思った」


聖が額を押さえてげっそりとしている。
だから人を呼ぶなと言ったんだ、と、彼には珍しい独り言が聞こえた。


「んあぁ紫ィ〜、早かったネ〜!」


途端、泣き崩れていた筈の葵がぱっと顔を上げ、紫の手をぐいっと引いて自分の横に座らせた。

その顔はにこにこと機嫌よく笑んでいて――というより緩んでいて、頬が紅潮している。
…かなり、酒臭い。


「こいつは酒癖が悪いんだ。気にするな」


聖が嫌そうに首を振って溜め息をついた。

紫は姿勢を崩さず、自分の肩をしきりにぽんぽん叩いている葵をしげしげと見やって、


「親御さんが帰ってきたら、この状況は…」


まずいんじゃ…、と手土産に持ってきた洋菓子の箱をテーブルの隅に置きながら、時計に視線をやった。



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