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蛍子は単身、広大な敷地を優美に縁取る桜並木が名所となっている公園の時計台の縁に腰掛けて、珍しくまったりとした雰囲気を漂わせながら資料に目を通していた。
遠くから細く流れてくるのは近隣の信号機が奏でる旋律だろうか。
無機質な"とおりゃんせ"に耳を傾けながら、パラ、と資料を捲る。
本来、捜査資料は暑から持ち出しできない。
今蛍子が手に持つ資料は警察のものではなく、別機関――彼女が真に所属するシステムから提供を受けたものだった。
そこには被害者の縁者相関図、保有因子、検死結果等、捜査資料とは別観点の詳細が取りまとめられている。
――昼下がりの時間帯なのでもちろん学生の姿はなく、蛍子以外だと散歩目的の人の姿がちらほらと見受けられる程度だった。
時計台の秒針の音と"とおりゃんせ"の音が、奇妙なくらいに寸分狂いなく重なり合っている。
「このあたりで珍しい制服の学校ね…オウル、あなたこの辺りに詳しいでしょう、知らない?」
誰もいない筈の背後に向かって彼女は声を掛けた。
すると――
一体どういう事なのかは分からないが、彼女が背を預ける背中あたりから、
『ああ、君は表層世界に馴染んだのが幾分か遅かったからね。珍しい学生服、なんて表現じゃいまいちピンとこないかな』
という、若い男の声がしたのだ。
どこにも男の姿などない。時計台の裏に身を忍ばせているのでもない。
『まあ…焦って事態を空回りさせるのも虚しいものだしね。今日はのんびりと、ここから駅までの様子でも眺めてるというのはどうだろう。ここ一帯の学生の大半は路線を利用してるから』
「またあなたは悠長な事を…。一刻も早く被害を食い止めなければならないのよ私は」
低く呟いて、苛立たしげにこつこつと踵を踏み鳴らした。
『すっかり官憲に肩まで浸かってしまったねえ、君は』
今度は蛍子の足元から声がした。
――だからどうしたの?何が言いたい訳?と思ってしまう。
自分のように、端末それぞれがこの表層世界で担う立場や職種に馴染み、なりきるのは基本動作。
だからこの生き様が間違っているなどとは思わない。
彼の揶揄とも受け取れる言葉に、蛍子は無言を通した。
――少しの間をおいて、どこからともなく、ふう、と溜息の様な音がした。
『君は既に反逆行為を犯している。説教したい訳じゃないけど、因子の存在を確認したなら直ぐ様中核へ報告し、指示に従わなければならない義務を君は怠った』
それは、さっきのような軽く柔らかな口調とは打って変わった、神妙な声色だった。
『…私まで巻き添えにして、ね』
「それは……」
蛍子は口ごもり力なくうなだれた。それについては弁明のしようがなかった。
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