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――彼が一人で街を散策していた際、本当にたまたまそれに遭遇したのだという。
「ちょっと欲しいものがあって隣町の繁華街に物を買いに行った時なんですけど。歩き通しで疲れて、近隣にあった大きな公園のベンチで休んでたんです」
「ああ、あそこね」
「はい、大きな桜の木がたくさんあって、でも人気はあまり無くて。それでしばらく座ってたら、いきなり」
9人目の被害者はその繁華街の一角で発見されたのだったな、と蛍子は思い出していた。
「いきなり変な声が聞こえたんです。確か…『お前は違う』じゃなくて…ああ、『お前には無い』って聞こえました。側には誰も居ないのにそんな声が聞こえてきたものだから、びっくりして何だろうと思ってよく見回してみたら、」
情景を思い出すように、その眼差しが泳ぎながら遠くなる。そこには僅かばかりの怯えが漂っているようにも見えた。
「その公園の真ん中に時計台があるんですけど、そこに女の子がいて…」
「女の子?特徴は?」
つい職質のような口調で蛍子は口を挟んだ。
「僕、あまり目が良くないからはっきりとは見えなかったんですけど…長い黒髪の、僕と同い年くらいの子だったと思います。珍しい色の制服を着ていたような…。でもそのあと、まばたきした一瞬にその子の姿はそこから消えてしまってました」
「…………。」
「あ、でも僕、低血圧症だから歩き疲れて幻覚が見えただけなのかもしれませんけどね。…あはは、何だか取り調べみたいで緊張します、こういうの」
彼はへらっと笑い、フォークで巻きとったパスタを頬張った。
ふふ、と蛍子は取り調べじみてしまった雰囲気を払拭するように、柔らかい笑顔を浮かべた。
(先程の話…仮に『お前には無い』が『お前に因子は無い』という意味ならば)
虚構じみてはいるが、少年の話した内容は全くのハズレではないかもしれない。長年の警察官としての勘がそう告げている。
全てを鵜呑みにするつもりはないが、しかし有り難い情報を提供してくれたものだ。
もうこれ以上この少年に用はない。
――と思ったのだが。
「ねえ、朔夜くんさ、繁華街に何を探しに行ってたの?」
ノリノリといった感じで沙凪が話を再開してしまった。
「沙凪、あまり個人的な事を詮索しては失礼よ」
蛍子がたしなめる。
もう話は終わったのだ。
この骨が抜けてしまったような少年の事をあまり気に入ってなかった蛍子は、さっさと食事を終わらせてお開きにしたかった。
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