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朔夜はというと、沙凪を手伝おうという素振りは特になく、というより手際のいい沙凪の邪魔にならないようにしていよう、と萎縮したようにちんまりとソファーに収まっている。

華奢な彼のそんな仕草は、下手をするとボーイッシュな女の子のようにも見えかねない。

持て余した時間のなか、物珍しそうに室内を見渡している。
人の家というのはちょっとした調度品も珍しく目に映ったりするものだ。

外の世界では赤い夕凪から少しずつ漆黒の闇に移り変わっていて、いつしか白い月がぼんやりと姿を現していた。

あ、と呟いてソファーを立った朔夜が窓際に歩み寄る。


「ああ、あれ幻月だよ。すごく久しぶりに見たなぁ」

「え、どれどれ?…ホントだ、不思議な形のお月様だねぇ。ぼやけた虹みたい」


とてとてと駆け寄ったテラスから、二人は無邪気な眼差しをして並んで夜闇を眺めていた。


***


(…あの少年は誰なのかしら?)

若い二人が窓から夜空を眺めている様子を、蛍子はマンションに辿り着く百メートル程前の段階から注視していた。

そんな事は自在に強化できる彼女の視力があれば容易い。二人の会話の様子を唇の動きから読み取る。


(…ははぁ、あの子がたまにきちんと夕飯を食べない理由がやっと分かったわ。それにしてももう――そういう年頃なのね。早いものだわ)


蛍子は少し寂しそうに薄い微笑を浮かべた。

足を急かさずとも、自宅に着くには五分とかからないだろう。

とにかく、素知らぬ顔してドアを開けなきゃならないわね…。
こういう時、母親というのはどういう顔をするのが一番望ましいのかしら?

少し首を傾げて思案した。

物分かりのいい優しいあの娘にも、自分の元から姿を消す時がいつかは訪れるのだ、と寂しさが募る。


(一度、平凡な幸せを手にしてしまった私は――戻れるのかしら)


この、世界から。

自嘲の混じる苦笑を浮かべながらやがて、彼女は我が家のドアに指を掛けた。



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