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彼――青木 朔夜は、転入時にクラスの生徒達が抱いた印象そのままに、至って平凡で突出した個性もなく、いつも何時の間にか周りに溶けこんでいる、そういう存在だった。
成績は上位に並び運動神経も並以上で内申点も申し分ないのに、それらを鼻にかけず誰といても素直で謙虚な姿勢を崩さない。
その穏やかな人となりから、敵を作ることもなく誰からも自然に好かれていた。
顔立ちは端正なのだろうがしかし線が細く男らしさには欠け、笑顔が女の子のように愛嬌があった事からどちらかというと、
『いいヤツ』
として周囲に収められがちだった。異性にも『かわいい』扱いされていた。そうして彼が恋沙汰からは程遠いキャラクターだったからこそ、二人は上手くいっていたのかもしれない。
「ねえ朔夜くん。今日ウチにおいでよ」
淡い緑が溢れる、昼下がりの中庭の芝生の上。
沙凪の唐突の申し出に、朔夜はなぜか『えっ?!』と大袈裟にのけぞった。
ちょっと顔を赤らめたりして、
「えっと…でも」
後ろ頭を掻いたり落ち着きなくそわそわとしている。
「さっきしてくれた話、私のお母さんにも詳しく話して欲しいんだ。もしかすると何かいいヒントになるかもだし」
沙凪はとても乗り気で口調が弾み、目がきらきらと輝いている。
体を乗り出して、横に座る朔夜の肩をぽんぽんと叩いた。
「あ、お母さん刑事さんだもんね。でもたいした話じゃないし…その」
「大丈夫だよぉ、お母さん優しいから」
「え?ホント?うーん…」
どうやらそういう心配からの動揺だったらしい。
聞く者が聞けば、何枚も尾ひれをつけられてしまいそうな遣り取りではあったが、半ば強引な沙凪の押しもあり、朔夜ははっきりと否定も肯定もしないまま、結局は沙凪の家にお呼ばれする事になったのだった。
――沙凪の家。まだ母親の姿はない。
だから仕事を終えた母親が帰宅するまでに夕食を準備しておこうという事になった。
沙凪は朔夜をリビングのソファーに座らせ、大きな冷蔵庫に上半身を突っ込むようにして献立を模索している。
「不動さんって料理できるんだ、凄いね」
出されたホットミルクティーを、ほうっ、とした平和そうな表情で飲みながら感心したように朔夜が言う。
「早く帰ってきた方が作るの。お母さん大変だからこれくらいは頑張んなきゃねー」
「へえー」
といった平凡な会話がしばらく交わされ、炊事の方も順調に進んでいた。
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