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「…ウチさ、ガキの頃に両親がいっぺんに事故死しちまってさ。歳の離れた兄妹だったから親父代わりみたいなもんだったんだ」


歩の口をついたのは、彼女の昔話だった。
へへ、と苦笑混じりにその顔に浮かんでいたのは、どこか歪んだ――自虐的な笑みだった。


「兄貴は専門的に戦闘訓練を積んだ軍人だ。司法解剖だと、弾痕すら無いっていうじゃねえか。あの野郎がガチで殺られちまうなんてありえねえ……そう、おかしいんだよ」


話をしているうちに、人に話して聞かせているという事を忘れてしまっていたのかもしれない。

遠い目で虚空を見つめながら、ぶつぶつと独白するような口調になっている。


「いっつもあたしの頭ばっか殴りやがって、こんな…」


歩はのろくさと眼下に両手の掌をかざし――ぼんやりと見つめた。


「こんな手になるまで護身術だの何だのって、ゲロ吐くまでしごきやがって、あのクソ兄貴…しまいにはあたしを置いてけぼりかよ」


小さな瞬きに押されて掌になにかが落ちた。一粒の透明な雫だった。


「…あたしはもう…ひとりだ」


秀麗な顔にうすい笑みを貼り付け、歩はゆっくりとうなだれる。

一匹主義で何の弱味も動揺も、そういう感情なんて初めから持ち合わせないと思わせる位の強さを周囲に感じさせていた彼女が、初めて――人前に晒け出した感情だった。


「…………。」


沙凪はまだ無言で静かに聞いている。

その視線は歩の――どこか一点を見つめている。


「――だから」


声色が変わった。腹の底に響くような低音が、歩の口をふたたび開かせた。

その声の奥には何か――色で例えるならとてつもなく黒いものが含まれている。


「だからもう、死のうがどうなろうが…絶対にあたしは」

「駄目よ」


ここで唐突に沙凪がぴしゃりと言い放った。

実のところ、そんな断言的な言い方を沙凪が人前で見せたのは初めてだった。顔付きまでもがいつもと違う。

が、歩には届いていない。
彼女の瞳の奥には、闇色の陽炎が揺らめいている。


「絶対…絶対に、殺す」


それは誓いの言葉だった。呪いの言葉だった。
歩はぞろり、と沙凪に視線を向かせた。


「お前の母親は刑事だってこの前言ってたよな…会わせろ」


会って捜査情報を引き出そうというのか。そんな事がまかり通る訳がない。

もとはといえば家族の訃報を伝えたくて沙凪を呼び出しのだ。こんな話をしようと思っていた訳ではなかった筈だ。


――彼女はゆっくりと、平常心を失っていた。



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