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沙凪はすぐに席を立ち、何だろう?と目をぱちぱちさせながら足早に歩の後を追う。

静まりかえった教室に残る生徒達からの――無機質な視線を背中に受けながら。



若菜さん歩くの早いなぁ…なんて思いながら小走りになる沙凪と歩が最終的に足を止めたのは、滅多に使用される事のない東館の一番隅にある女子洗面所だった。

猫のように背を丸めた歩はポケットに両手を突っ込んだまま、足で個室を開けて人の有無を確認している。

やがて手洗い場の外で待つ沙凪の元までちんたらとした足取りで戻ってきた歩の顔は、いつもより表情がないように見えた。

この一週間の間に何かがあった――神妙な目元はそう語っていた。


「…………。」


沙凪に伝えたい何かがあって連れだしたのだろうに、しかし壁に背を預けた歩はふてくされたようにじっと黙りこくったままでいる。


「??」


ああ…きっと言いづらい話なんだろうなと思った沙凪は、歩が切り出しやすいように窓の外へと視線を移した。

時刻は昼休みを示しているのに酷く静かで、遠くから誰かの声が届いてくることもない。窓が時折かたかたと風に揺すぶられる音がする。

ふぅ、と小さく漏れた嘆息は歩のものだった。


「最初で最後だ、頼まれろ。先に言っとくが、断ってもあたしは諦めない」


その声はいつもより更に低く緊張していた。
揺らぎを止めた瞳が真っ直ぐに沙凪を捕える。


「――この前ニュースでやってた繁華街の殺人事件。あれあたしの兄貴なんだ」

「………え…」


沙凪は歩の顔を見上げ絶句した。


***


彼女が語った内容――それは、

『警察より先に犯人を見付け出し、この手で殺す』

というものだった。

いかにも平和ボケした天然少女といった感じの沙凪を気遣ってか、歩は無器用ながらも穏やかな表現を選んで繕っていたものの――
その主旨も情景も容易く想像に足る内容だけに、それは無駄な努力といえた。


「ここ数日、色んな裏とか…まあそーいうルートの情報網とか片っ端から洗いまくったんだ。なのにかすりもしねえ」


色の欠落した瞳には、砂埃で白くなった窓が映っている。

わずかに残る透明部分から見える外景では、丈の長い緑草が無音の風に揺らめいていた。


「民間人の調査力なんてしょせんこんなもんだ。でも絶対に諦めないけどな」

「…………。」


束の間の静寂が、重い。
沙凪は珍しく普段とは打って変わった神妙な顔付きを俯かせ、静かに歩の話に耳を傾けている。



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