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…妙だ。

針で体皮を刺されているような異様な圧力。
長年の軍人としてのカンが、軋みをたてるようなプレッシャーを彼に告げる。

難しい年頃である妹へのプレゼント選びに悪戦苦闘した末、予想外に時間を費やしてしまっていた事に気付いた彼は、稀にしか利用しない近道――
この薄暗い通路を足早に通過しようとしていたところだった。


(…視線だな。どこからだ?)


粘つくような圧力は明らかに自分に向けられている。

ぬっとりとしたその感触を警戒するように彼は目を細め、渇いた唇を湿らせた。

こんな異様な視線を放つ人間がまともではない事など、彼にとってはこれまでの経験等で既に知るところだ。

現行の犯罪行為でないと逮捕捕縛権はないが、かといってこのまま放置しておく訳にもいかないだろう。

仮に不審者が伏在していた場合、相手が火器さえ携行していなければ、軍人である彼において相手の規模が複数であろうと素手でも拿捕できると自恃できる。

見過ごす理由はない。
…様子を見ておくか。



――このささやかな正義感が彼の早すぎる末路を決めてしまうなどと、誰に予想がついただろう。


この通りには廃屋――というよりも、いつまでも借り手がつかず放置されているテナントの跡地ばかりが並んでいる。

数年前に起きた小火で半崩した後、修復されないまま捨て置かれた場所で、人気などは全く無い。

近道の為に気安く抜けられるほど、光の差す場所でもない。

そう。このような場所の土を踏むのは、彼のように己が身ひとつで危難をくぐり抜けられるような身体能力を持つ者か、或いは明るみを避けようとする存在ぐらいのものなのだ。

彼は周囲に視線をはしらせ、目星をつけたテナントのドアに手をかけた。静かにゆっくりと回したが、キィ、と耳障りな音を鳴らす。

鍵は掛かっておらず、扉は誘いこむかのように拍子抜けするほど素直に押し開かれた。

室内は閑散としていて何もない。代わりに積もった埃が彼の足跡を床に残し、窓ガラスにも埃の層が厚くこびりつき、曇っていた。

そのせいか日中にも関わらず室内は薄暗い。扉と窓と埃以外なんにも無いがらん、とした空間だ。

わずかにカビの匂いと…どこか錆臭い匂いが鼻をかすめる。閉ざされ篭り、よどんだ空気。


(…何だ…?)


ここは密室だ。

窓ガラスの透明度はほぼゼロで、外から覗き込める隙間も無い。
なのになぜか――


「…強まっているな」


増していく視線の濃度に奇妙さを感じたと同時に、こつ、こつ、という小さな靴音が彼の耳に届いた。



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