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「…任せっきりにしてしまって悪かったわね。で、按配はどう?」
彼女――不動蛍子は左手の雫をエプロンで拭い取り、携帯電話を持ち変えた。
その時の彼女はもう、優しい沙凪のお母さんという様相ではなくなっている。
目には怜悧が宿り、悠然とした動きで壁に背を預けていた。
『大筋は把握できたよ。とはいえしかし…まいった事になったかもしれないね、特に私達にとっては』
携帯電話の受話口から、耳あたりのいい若い男の声が洩れる。
口調は穏やかで柔らかく、それは蛍子の同業者――つまり刑事らしからぬ口調ともいえる。
しかしどこか笑いを含んだような話し振りはいつもの事なのだ、どんな時でも彼は。
――ちなみに彼は《同業者》ではない。
のちに分かることだが、彼は蛍子の《同類》なのだった。
「…まいった事?《私達にとって》となると、おおよその見当が付いてしまうけど」
『ええ、加害者の素性は恐らくは…それに加えて異常癖の持ち主でもあるようだね』
薄く笑いを含んだ声。
おそらく彼は携帯電話の向こうで実際に微笑んでいる事だろう。
「それはそうよ、ガイシャの目玉を刳り抜いて脳味噌に指を突っ込んだ挙げ句、ご丁寧に目玉を元の位置に裏側にしてはめ込んでいるんだもの」
舌打ちでもしそうなほど忌々しげに蛍子は顔を歪ませた。
「完全に頭が痛い野郎の仕業だわ」
吐き捨てられた台詞を聞きとめた直後、受話口からは嘆息のような細い音が流れ込んでくる。
『いやいや…死体ばかり拝む仕事をするとこうなってしまうんだねえ』
「…どういう意味かしら」
蛍子は半眼になり、ぐっと声を落とすと陰欝に呟いた。
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