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「お、沙凪じゃねえか。バイト帰りか?」
駅に向かって歩いていると、後ろから幾らか親しさのこめられたハスキーな声に呼び止められた。
振り返って見ると、同級生の若菜歩さんがだるそうな顔をしてそこに立っていた。
両手をスカートのポケットに突っ込んで肩を丸めた、いつもの猫背な姿勢。
ブリーチのかけすぎでぼさぼさになった髪の彼女は、とっても美人さんなのに、いつも男の子みたいな言葉づかいで口調もちょっと乱暴な感じ。
実は学校ではクラスメートだったりするんだけど、私以外の皆は何だかすっごく間を置いて接してるというか、見るかぎりあからさまに避けていたりする。
『沙凪って、よく平気であの子に話し掛けれるよね。神経がどっか切れてんじゃないの?』
クラスの皆にはいつもそんな風に言われてしまう。
若菜さんは喧嘩とかクスリ?とか…よく分からないけど手の付けられない不良とかで、何だか恐い事ばっかやっていると、まことしやかに囁かれているみたい。
みんな勘違いしてるんだ。
すごく優しくていい人なのに。
何時のころだったかな…。
ちょっとした言い掛かりのようなモノをつけられた私が呼び出されたりして、廊下の隅で数人に囲まれてちょっかいを掛けられた事があったんだけど。
その時、いつもは廊下の真ん中を堂々闊歩する若菜さんがなぜか端っこに寄ってきて。
それでわざとらしくよたついて私を囲む人達にぶつかったんだ。
ぶつかられた彼女達は勿論気を悪くして一斉に険悪な顔で振り返ったけど。
接触の主を見るや、ビクリと怖じけづいてしまって、二の句が告げなくなっていた。
「歩きずれぇ…邪魔だ。散れ」
若菜さんは宣言どおり女の子達を目で散らすと、摺り足でどこかにいってしまった。
手にジッポらしきものを持っていたのがちらりと見えたから、たぶん屋上に行ったのだと思う。
その時の若菜さんの――
長身で細身で、雌豹のように無駄のないしなやかな背中に流れる色褪せた髪と、颯爽とした恰好いい後ろ姿は今でも鮮明に覚えている。
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